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光のもとでT 外伝SS

秘密の想い

Side 若槻芹香 02話

 それからしばらくすると、唯ちゃんはふらっと日中に来てくれるようにもなったけれど、私はどうしても夜中のキスを意識せずにはいられなくて、唯ちゃんの顔をまともに見ることすらできなくなっていた。
 唯ちゃんはそんな私を訝しげに見ていたけれど、それだけでは終わらなかった。
 自分の気持ちに気づいてしまった私はそのことばかりを意識して、唯ちゃんと普通に接することができなくなってしまったのだ。
 自分の気持ち以上に唯ちゃんの気持ちだって気にはなっていたけど、私たちは兄妹だ――
 何がどうしたってこの恋が叶うことはないし、決して人に知られてはいけない想いでもある。それが唯ちゃん本人であったとしても……。
 お世辞にも、自分を繕うのは得意なほうではない。そんな私がとれる行動といえば、唯ちゃんを拒絶することくらいだった。
 ぶっきらぼうな気遣いも何もかもを突っぱねて、自分から遠ざける方法しか思い浮かばなかった。
 本当は傍にいたいし、傍にいてほしい。
 想いが叶わなくてもそれだけで十分だった。なのに、想いは膨れ上がる一方で、傍にいたら、いつかは溢れた想いが相手に伝わってしまうのではないか――
 相手に知られるだけではなく、両親や周囲の人に知られてしまったら――
 その不安は日を追うごとに増していき、私はどんどん刺々しい言葉を吐くようになり、人を寄せ付けなくなった。
 こんな女の子、全然かわいくない……。
 かわいい妹とすら思ってもらえない。
 わかっていても、「恋心」を知ってしまった私は、何も知らなかったときのように接することは、もうできなかった。
 そんな私の被害に遭っていたのは唯ちゃんだけではない。
 毎日パートの帰りに病院へ寄ってくれるママにも、お休みの日に必ず来てくれるパパにも、似たり寄ったりの対応をしていた。
 そんなある日、いつもよりずいぶん早い時間にママが病室を訪れた。
 いつものように洗い立てのタオルやパジャマを使用済みのものと入れ替えながら、ママは世間話をするように話し出す。
「芹ちゃんはどうしちゃったのかな? 何がそんなに気に食わないの?」
「別に……」
「別にってことはないでしょう? 何かあるから、または何かあったから態度が変わった。そう考えるのが自然よ?」
 ママは処置で汚れてしまったパジャマを手に取って、「これは酸素系漂白剤で落ちるかしら?」と首を傾げながら話している。
 機嫌を損ねた娘のことなど簡単にあしらえる、そんな感じ。
 入院してからもう何年も経つけれど、ママとは毎日会っていることから、長い会話をすることはあまりなくて、いつもその日にあったことを訊かれるのが通例だった。
 パート帰りに来るため、早く来れても面会時間が終わる二十分前に来るのが精一杯。それでも毎日、面会時間が終わるまで病室にいてくれる。
 今日は発作を起こさなかったとか、日中何をして過ごしたのかとか、今日は院内学級に顔を出せたかとか――
 入院している私に起こり得る出来事など片手で足りてしまう。それでもママは、毎日のように同じ質問をし、代り映えしない返答を聞いては嬉しそうに、「そう」「ふーん」「良かったわね」とニコニコと相槌を打ってくれるのだ。
 そう、ニコニコと――疲れが滲むやつれ切った顔で。
 パパやママがこんなにも働きづめなのは、自分の入院代や治療費が嵩んでいるからだと少し前に気付いた。気付いたけど、私にはどうすることもできなかった。
 退院したいと言っても、現況退院できるような状態ではないし、自宅に帰ったところで、私が自宅にいることでママは仕事に出られなくなるだろう。そして、何かあるたびに救急車を呼び、そのたびに病院代を支払うのなら、最初から病院にいるほうがいいのだ。たぶん……。
 もっと言うなら、私がいなけなれば、ママたちはこんなに大変な思いをしなくて済む。
 でも、その提案は自分からできるものではないし、私が生きていることを、今日も発作なく過ごせたことを、心から喜んでくれるママに言えるわけがない。
 手持ち無沙汰に時計を見ると、
「あぁ、時間?」
 コクリと頷くと、
「今日はね、珍しくシフトを代わってほしいって人がいて、朝八時から仕事をしていた都合上、いつもよりも一時間早い時間に上がれたの。だから、いつもより長く一緒にいられるわね」
 そう言ってスツールに腰かけたママをよくよく見ると、口紅は愚か、メイクらしいメイクは何ひとつしていなかった。
 ここのところ、白髪も増えた気がする。
 うちの家族はみんな色素が薄い傾向にあって、だから白髪もそれほど目立たないのだけれど、それでも――と思う。
 最近髪を後ろでひとつに括っていることが多いけれど、それは白髪をごまかすためではないのか……。
 一度、訊いてみたことがある。「髪の毛を染めに美容院へ行ったりしないの?」と。
 返ってきた答えは、「肌が敏感で、カラーリングができない体質なの」だった。
 そのときはその返答に納得したけれど、今は違う気がしている。
 小さいころからうちは、家で髪の毛を切るのが恒例だった。
 唯ちゃんの髪もパパの髪も、ママがバリカンで長めに刈っていたのだ。そしてママの髪の毛は、不器用なパパが苦戦しながら肩より少し長いくらいにハサミで切っていたのを覚えている。
 私の髪の毛もママがカットしてくれていた。それは今も変わらない。
 少し長くなると、ママが病室でカットしてくれる。
 素人でも、十五年以上切り続けていれば慣れてくるものなのだろう。
 私の髪の毛はいつだって適当な長さを維持しており、素人が切ったとは思えないくらい、きれいにまとまっていた。
 でも、小さいころの記憶を引っ張り出してみて思うのだ。
 昔からそんなにメイクをする人ではなかった。それでも、口紅というよりは、色付きのリップクリーム程度のものは毎日付けていたのに……。
「ママ、リップクリームしなくなったの?」
「え?」
 ママはすごく驚いたような顔で口元を手で覆い、
「わぁ……恥ずかしい。いつからリップクリームも塗らなくなったのかしら……」
 いつから塗っていなかったのか、本当に記憶にないのか、天井を見ながら考えている。
 そんなママを見て、ものすごく申し訳なくなった。
「忘れちゃうくらい忙しいからだよね……」
 ママが自分の身だしなみに手をかけられなくなったのは、おそらく自分に原因がある。
 わかっていても、自分にはどうすることもできない歯痒さと、悔しさが込み上げてくる。
 私がこんな身体じゃなければ、こんな病気じゃなければ――
「……りちゃん、芹ちゃん」
 ママの声にはっとして顔を上げると、ママの人差し指と親指が、私の口元を軽く摘まんでいた。
「そんなに力入れて唇噛んじゃだーめ! 唇が切れて血が出たらどうするの? 傷ができると治りづらいんだから、気をつけなくちゃ」
「っ……」
「……もぅ。そんなことを気にしてへそ曲げてたの?」
「そんなわけじゃっ――」
 ママはクスクスと笑う。
「そうよね。そんなわけないわよね? でも、そんな顔しないで? リップクリームを付け忘れてたのはママのうっかりよ。本当に、ものの見事に忘れていただけだから」
「だから……それ、私のせいでしょう? 私の病院代が高いか――」
 ママはそれまでよりも力を入れて、私の頬をつねる。
「ママ、そんなに疲れた顔してる?」
 コクリと頷くと、ママは困ったように笑った。
「でも、働くのは嫌いじゃないし、一日の終わりに芹ちゃんに会えたらそれだけで疲れも吹っ飛んじゃうのよ? 本当よ?」
 そう言って笑顔を見せる。
 ママは私がどんなに冷たい態度をとっても、きつい言葉を投げつけても、ずっとこんなふうで、まったく私の対応を気にするでもなく普通に接してくれていた。
 パパは最初こそ驚いていたものの、今ではママと同じく何事もないかのように接してくれる。
 その優しさが嬉しくて、悲しくて、つらくて、余計に素直になれなくなっていたし、もうどんなふうに接したらいいのかすらわからなくなっていた。
 ママの笑顔も言葉も嘘ではないのだろう。でも――ママだってお洒落をしたいのではないだろうか。メイクどうこう以前に、新しいお洋服とか、新しいバッグとか、そういうものを欲しくなったりはしないのだろうか。
 今着ている水色のカーディガンだって、もう十年以上着ていると思う。最初はもう少し青味の強い鮮やかな色だったはずなのに、今ではすっかり色褪せくすんだブルーに見える。それが余計にママの年を老けさせている気がした。
 パジャマやタオルを入れてくるバッグだって、昔から家にあったものだ。お母さんが普段使っているバッグは、私が幼いころからずっと変わることがない。「気に入っているの」とママは言うけれど、もうずいぶんボロボロなのに。
 そのバッグを見て唯ちゃんのバッグを思い出す。
 唯ちゃんもだ……。唯ちゃんも中学生のときからずっと同じバッグを使っている。
 一度、「ここ、穴が開いてるよ? そろそろ新しいのを買ったら?」と言ったことがある。そしたら、「セリ、ソーイングセット持ってたっけ?」と引き出しを漁り始め、目的のものを見つけると、自分で器用に直してしまったのだ。
 あれからもう三年経っている。それでも唯ちゃんは、まだ同じバッグを使っている。
 新しいものを買うにしたって、数千円もあれば似たような素材で、似たようなデザインのものを買えるだろう。でも、唯ちゃんが新しいバッグを買うことはない。
 その代わり、私にリップクリームを買ってきてくれたり、暇つぶしができるようにとミュージックプレーヤーを買ってきてくれたりする。
「私、院内図書館で本を借りて読むからこんなに高価なものなくても大丈夫だよ?」
 そう言ったけれど、
「もう買ってきちゃったし、具合が悪いときは本を読むどころじゃないだろ? これならイヤホンさえ耳につければ勝手に音楽が流れる」
 私が素直に「ありがとう」と言わなかったからだろうか。唯ちゃんは「これ、トリセツ」とそれだけ言い残してすぐに帰ってしまった。
 私、ただでさえ金食い虫なんだから、こんな気遣ってくれなくてもいいのにな……。
 そう思う気持ちは嘘ではない。でも、年がら年中暇なのは本当で、唯ちゃんチョイスの最近流行りの曲と思われるそれが入ったアイテムは、とても……とても嬉しかった。


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Update:2021/06/18

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