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光のもとでT 外伝SS

秘密の想い

Side 若槻芹香 04話

 ママがベッドまで戻ってくると、ボロボロのバッグから古びた茶封筒を取り出し、中に入っていた用紙をまとめて取り出した。
 三つ折りにされていたそれらもずいぶんと年季の入ったもので、今にも折り目から破れてしまいそうな状態だ。
「これがママが生まれた家の――ママの両親の戸籍謄本。そしてこれが、ママが初めて結婚した人との戸籍謄本。こっちはパパが初めて結婚したときの戸籍謄本ね。これは、唯が生まれたときの戸籍謄本。そして、これが離婚して旧姓に戻ったときの戸籍謄本。そしてこれが、芹香が生まれたときの戸籍謄本。で、これが今の戸籍謄本よ。こっちの二枚は、今のパパと唯の戸籍謄本」
 移動テーブルの上に、九枚の書類が並べられた。
 左から古い順に並んでいるのだろう。用紙の黄ばみ具合でそれらがわかる。
 でも、「コセキトウホン」という言葉を聞いたのは初めてだったし、そんな書類を見たのだって初めてだ。けれども、そこに記されているのが家族の関係性を記す書類であることはなんとなくわかる。
 何をどう見たらいいのかわからず、一番左に置かれた一番古いと思われる書類の文字を順に目で追っていくと、目を通し始めてすぐに頭が混乱した。
 なぜなら、ママの両親という人たちの戸籍謄本に、パパとママの名前が記載されていたからだ。
 第一子、聡一郎そういちろう。第二子、美也子みやこ――
 生年月日を見れば、パパとママの誕生日であることがわかる。
「ママ……。ママ、どうして――」
 いくら初めて見る書類だとしても、そこに記されていることが、パパとママが実の兄妹であることを証明していることくらいはわかるのだ。
「うん。パパとママは兄妹なの」
 あまりの衝撃に、意味もなく瞬きを繰り返す。
 私は次の質問をうまく組み立てることができず、混乱したままにテーブルに並べられた書類に視線を戻す。
 ママは「初めて結婚した人」と言っていた。
 苗字は「向坂さきさか」。相手の名前は「はじめ」と記載されている。そして、第一子に唯ちゃんの名前があった。
「唯ちゃんは、パパとママの子じゃないの……?」
 ママは緩く首を振った。
「唯はパパとママの間にできた子よ。向坂さんはパパの親友でね、親族以外で唯一私たちの関係を知っている人だったの。パパとママの関係を知った両親――つまり、唯と芹ちゃんの祖父母にあたる人たちなのだけど、おじいちゃんとおばあちゃんは、ママたちの関係を『汚らわしい』の一言で一蹴して、理解してくれようとはしなかった。どうしたかと言うならば、私とパパに見合い相手を見繕ったわ。それも、絶対に断れないような相手を……。でも、パパもママもそれを受け入れることはできなくて、両親や親戚縁者を捨てて故郷を出たの」
 パパとママの壮絶すぎる過去に胸がぎゅっとなる。
 無意識に、胸に手を添えると、
「大丈夫? 少し休む?」
「お水――は飲めないから……深呼吸する。ママも一緒に深呼吸してくれる?」
「いいわよ」
 ママは私と動作を合わせ、一緒に深呼吸を繰り返した。
 心臓の状態が悪い私は、ずいぶん前から一日に飲める水分量が決められている。そして、今日の分をすべて飲み切ってしまった私には、もう飲める水分がなかったのだ。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫……」
「じゃ、続きを話すわね。ママとパパは誰かと結婚しない限り、この戸籍から出られないの」
「え? どういうこと?」
「一世帯、という言い方をするのだけど、戸籍に載るのは親と子の二世代までなの。で、子どもは結婚することでその戸籍から離籍することができる仕組みなの」
「えぇと……つまり、両親と一緒の戸籍から出るためには結婚しなくちゃいけないってこと?」
「芹ちゃん、正解!」
「それで、好きでもない人と結婚したの?」
「軽蔑する……?」
「……よく、わからない」
「そうよね……。まあ、普通に考えたらというか、普通はこんなこと考えないものね。でも、当時のママたちはどうしても、両親の戸籍から――というか、『ここから』出たかったの。だから偽装結婚をすることも厭わなかったわ」
「偽装、結婚……?」
「そう。故郷を出たあとも、パパは向坂さんとだけは連絡を取っていて、戸籍から離籍するために偽装結婚を考えていることを話したら、向坂さんが私の相手になってくれるっておっしゃって……。もうあとには引けなかったから、お言葉に甘えてしまったの。だから、一緒に暮らしたことはないのだけど、その間に唯を身ごもったこともあって、唯の父親は向坂さんということになっているだけ」
 なるほど納得した。でも、
「パパは!? パパは誰と結婚したのっ!?」
「ママたちと同じく、偽装結婚をしたかった人よ」
 私はその事実にも驚いていた。
「偽装結婚したい人って、そんなにいるの……?」
「そうねえ……。家庭の数分家庭環境があるわけだから、それなりに事情を抱えている人がいるものよ。探していないことはないわね」
「それで……?」
「パパも同じよ。入籍だけして、相手と生活を共にしたことはないの。一年後に書類が送られてきて、その書類にサインしてお役所に提出して離婚成立」
 ママは次の書類を指差す。
「ママもパパも、結婚して離婚して、めでたく自分が世帯主である戸籍をゲット」
「離婚したらもとの――親の世帯に戻るわけじゃないの?」
「そう。一度離籍すると、実家に住所を戻したり、その世帯に入る手続をしない限りは独立した世帯を持つことになるわね」
「そうなんだ……。ママたちの目的は、これだったの? 独立した世帯を持つことだったの?」
「そうよ。若かったパパとママにとっては、結構壮大なる計画だったわ。で、この状態のときママはシングルマザーで、唯とふたり家族。パパは独り身」
 のちに私が生まれ、ママの戸籍に第二子として私の名前が追加されていた。そして、現在のパパと唯ちゃんの戸籍には、養子縁組なるものが追加されている。
「唯が四歳のとき、ママが唯をパパに養子に出して、パパは唯と養子縁組をしたの。つまり唯とパパは、法律上でやっと本当の家族になれたのよ。これでパパに何かがあったとき、パパの財産はすべて唯が相続することになるわ」
 九枚の書類を見てきてわかったこと。それは、
「パパとママは、パパとママだけど、結婚をして夫婦なわけではないのね?」
「正解。もしもパパとママが赤の他人ならば、ある程度の期間生計を共にした時点で『事実婚』という状態になるのだけど、兄妹であるパパとママにそれが当てはまることはない。だから、パパとママは独立した世帯を持っていて、芹ちゃんはママの子としてママの世帯にいる。唯はパパの世帯にいる。つまり法律上では、ちゃんとした形の家族ではないの。でもそれは、紙面上の話でしかないわ。芹ちゃんと唯が、パパとママの子であることに変わりはないのよ」
 そこまで話すと、ママは少し心配そうに私の顔をのぞき込む。
「どうしたの?」
「どうしたのって、今、結構衝撃的な話を淡々としたはずなんだけど、芹ちゃん大丈夫?」
 そうだ。考えてみれば、かなり衝撃的な内容だった。何せ、パパとママが本当は兄妹で、両親の戸籍を出たいがために偽装結婚をして離婚までして、唯ちゃんにおいては養子にまで出されてしまっているのだから。
「飲めることなら炭酸飲料を一気飲みしたい気分」
「それは我慢してもらうしかないわね……」
 ママは困った顔で唸ったけれど、次の瞬間には私と顔を見合わせクスクスと笑っていた。
「ママとパパが兄妹って、結構衝撃的でしょう? 大丈夫?」
「……びっくりはしたよ? びっくりはしたのだけど――でも、私も唯ちゃんが好きだから。だから、嫌悪感とかはない。自分の気持ちに背徳感はあるのだけど、そいうものをママたちに感じたりはしないの。――なんていうのかな……? たぶん、『これが事実です』って言われても、それまでの環境のほうが現実味を帯びているせいか、『事実』は『事実』として理解できているのだけど、実感が湧かない感じ?」
「そっか……」
「うん。……ママはお兄ちゃんであるパパを好きだから、だから私の気持ちを理解してくれるのね?」
 ママは少し切ない表情でコクリと頷いた。そして、
「でもね、本当は一緒にいられたらそれで良かったの。子どもをつくろうだなんて思っていなかった。そんなつもりは微塵もなかったの」
 ママは陰りを帯びた表情を見せる。
「……唯ちゃんも私も、望まれて生まれてきたわけではないの?」
「それは違うっ――違うの……そいうことじゃないのよ。パパと一緒にいられるなら、それ以上を望んではいけないと思っていたし、近親婚で生まれる子どもは障害を持って生まれてくることが多いと聞くわ。だから、子どもをつくるつもりはなかった、ってそういう話。でも、好きな人と一緒にいると、その人の子どもが欲しくなってしまうものなのね……。きちんと避妊はしていたのに、気付いたときには唯を身ごもっていたし、唯を妊娠してるって気付いたときには中絶する選択肢なんてなかったわ」
 そう言ったときのママは、とても幸せそうな顔をしていた。
「でも、唯ちゃんを産んだうえ、私まで産んじゃったんだ? だめじゃん、パパもママも」
「本当よね……。人間って貪欲で困っちゃう……」
 ママは本当に困ったような顔をしていて、それでもどこか幸せそうで、こんなに幸せそうなママは久しぶりに見た気がした。


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Update:2021/06/21

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