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光のもとでT 外伝SS

秘密の想い

Side 若槻芹香 06話

 パパの目を真正面から見て訊ねると、パパの息が止まったのがわかった。
「ね? パパが知っていることでしょう? それは、パパが私の想いを唯ちゃんに告げてほしくない理由でしょう?」
 これはきっと思い違いなんかじゃない。きっと、当たってる――大当たり。
 パパは目を見開いて、次の瞬間には表情を隠すように俯いた。
 めったに見ることのないパパの旋毛つむじを見ながら思う。今、たぶん「しまった」とか「ここからどうリカバリーしよう」とか、そんなことを考えてるんだろうなぁ……。
 でもパパ、もう遅いよ……。
 私はいつまでも小さな子じゃないし、学校へ通えていなくても、文章に隠された「何か」を感じ取る知能はあるんだよ。
「今まで検査結果は一度として聞かせてもらえなかった。それは、余命宣告――もしくは、余命宣告と同等の何かを言われているからじゃないの? じゃなかったら、どうして検査結果を教えてくれないの? 私はいつ良くなるの? 私はもう、何もわからない小さな子じゃないよ? 検査結果くらい、理解できる年だよ?」
 パパはまだ、地面を見たままだ。
「私はいつ退院できるの? 私はあと何度手術したら、ここから出られるの?」
 パパを追い詰めるような言葉を口にして、私の手を握っているパパの手を思い切り握り返した。
「今の私に余命宣告をしたとして、今更私が自棄になると思う? 今まで何度も身体を切り刻まれた私が、余命宣告ごときで毎日泣き暮らすと思う? 私、そんな弱い子だと思われてるんだ? だから教えてもらえないんだ?」
 正直、余命宣告はきついと思う。でも、ものは考えようだ。
 残された時間を知らずに過ごすのと、知って過ごすのではまったく違う。
 知っていたほうが色んな準備をできるし、パパたちに言葉を遺すことだってできる。
 何も知らずに過ごして「その時」を迎えるなんて、真っ平ごめん――
「パパ、答えて」
 パパは観念したように顔を上げた。
 その顔はひどく憔悴していて、これからどんな事実を聞かされるのか、と少しだけ身構える。
「明確な時期は聞かされていない。……ただ、芹香の心臓はもうかなり弱っていて、心臓移植が必要な状態だ。でも、芹香と型の合うドナーがいつ現れるかはわからないし、ドナーが現れても順番待ちなんだ……。心臓移植を必要としている患者は芹香のほかにもいて、芹香の順番が回ってくるまで、芹香の心臓がもつのかがわからない――次に大きな発作が起きたとき、その場しのぎの処置でどうにもならなければ、人工心臓手術を行うことになると藤宮先生からうかがっている」
 パパの目から涙が零れた。
 ある程度のことは推測はしていたし、その推測からさほど遠くはない事実だ。
 私はひざ掛けの上で所在なさげにしていたパパのハンカチを、パパの顔に押し付ける。
「ちょっとっ! パパが泣いてどうすんのっ!? 泣きたいのは私のほうで、パパが泣いたら私泣けないでしょうっ!?」
 その言葉に、パパは面食らう。
「ま、その前に思う存分泣いたから、今更流す涙なんてないんだけどっ! 水分も摂れないし、塩分も制限されてるから、無駄な涙なんて流してる場合じゃないしっ」
 ほんの少しは自棄になっていた。でも、パパが「酷だ」と言った意味がわかってしまったから、だから――
「パパ、約束は守るよ……」
「芹香……?」
「唯ちゃんに私の気持ちは伝えない。だって……伝えたあとに私が死んだら、唯ちゃん立ち直れないもの。そんな状況には、絶対にしない。約束する」
「芹香……。ごめんっ……本当にごめんな……」
 目の前で泣き崩れてしまいそうなパパの両腕を必死に掴む。
「その代わりっ、教えてほしいことのほかに追加して欲しいものがあるっ」
「……欲しい、もの? 今までそんなお願いされたことないな……」
「だって、うちお金ないんでしょう? ただでさえ私にお金かかってるんだから、そんな贅沢なこと言わないわよっ」
「あー……それ、昨日美也子から聞いて、芹香にちゃんと話さないといけないと思ってたんだけど……」
「え? 何を?」
「芹香の病気は難病指定されてるから、治療費に関しては国から助成金が下りてるんだ」
「はっ!? そうなのっ!? じゃ、なんでママはお化粧しないの? 唯ちゃんはバッグ買わないのっ!? パパだってめちゃくちゃ働きづめでっ――」
「パパのは、ただ単に会社がブラックなだけだ。で、美也子が化粧しないのは――たぶん、化粧の仕方をあまり知らないからじゃないかな? ほら、俺たち若くして家を出てるし、ふたりで暮らし始めたときはバイトで生計立ててた都合上、化粧とか服に金かける余裕なかったし、化粧を学ぶ場所が美也子はなかったんじゃないかな? あと、美也子、意外と忘れっぽい性質だしな? リップクリームつけ忘れてたってのは本当だと思うぞ? それから髪の毛染められないってのも、肌が弱いから、って以前話したって言ってたけど、それも本当だ。ハンドクリームも成分が合わなくて使えないものが多かったり……」
「じゃ、唯ちゃんはっ!? もう今のバッグなんて三年以上使ってるし、擦れて今にも穴が開きそうなところたくさんあるし、穴空いてたところなんて自分で縫って直して使ってるんだよっ!?」
「唯はぁ……あれはちょっと別かな?」
「別……? 何が、別?」
「つまりさ、好きな子のためにお金を使いたいんだよ」
「好きな子の、ため……?」
「そう」
 パパはにっこりと笑って私を指差した。
 唯ちゃんの好きな人、イコール私――そこまではいいとして……。
 んんんんん……?
 確かにリップクリームもらったし、ミュージックプレーヤー買ってくれたし、色々もらってはいるけれど、唯ちゃんが自分のバッグを買えないほどではないと思うんだけどな……。
 悩んでいると、
「たとえば、芹香のミュージックプレーヤー。定期的に曲目が増えてるだろ?」
「うん……」
「それだってタダじゃない。お金を出して、データを買ってるんだ」
「そうだったのっ!?」
「そう。一曲一曲はそんなに高いものじゃないけれど、それがまとまった曲数になると、結構な金額になる。あのミュージックプレーヤーはさ、パソコン側でデータを見ると、どの曲を何回聞いたかとかわかるようになってるんだ」
「へぇ……。知らなかった」
「だから、増えてるのは芹香が好きなアーティストの曲だったりしない?」
「あっ――」
「な? 唯、そういうのはちゃんとチェックしてるんだよ。それからさ、芹香の洗顔フォームやハンドクリーム、ボディソープやシャンプーを買ってくるのも唯だ」
「えっ!?」
「今どきの女子高生が使っているハンドクリームとかシャンプーとかボディーソープとか。そういうの調べて買ってくるのは唯で、母さんは芹香の洗顔フォームとかがなくなると、唯がストックしてるそれを持ってきてるだけ」
 今まで私が知りえなかった情報をパパから聞くことで、むず痒くなるほどに照れるし、恐ろしいまでに心が満たされる。
「あと、唯は自分で学費を稼いで学校通ってるからな」
「えっ!? お父さんたち出してあげてないのっ!?」
「出せなくはないし、出すよとは話したけど、自分で出すって聞かなくてなぁ……。高校は勉強頑張って奨学金で通ってたし、今の専門学校は高校のときにバイトで貯めた金で通ってるよ。妙に自立心が強いのは、俺たちの子だからなのかなぁ……?」
 パパは「自慢の息子」とでも言いたそうに笑っている。
「学校で使うパソコンも買ってやるつもりだったんだけど、自分で一からカスタマイズしたいから、部品だけ買ってもらえたら助かるって言われて、かなり安く済んじゃったんだよなあ……」
「じゃ、うちがお金ないのってなんでっ!?」
「だからさ、それは芹香の思い込み。勘違い。母さんも言ってただろう? 別にまったく金に余裕がないわけじゃないんだよ。ただ、贅沢できるほど金があるわけでもないけどな。うちはさ、俺と美也子がこんなんだから、何かあったときに親戚縁者を頼れる環境にないだろ? だから、もしも俺たちに何かがあったとき、唯や芹香が金に困らずに済むように、保険だけはしっかりかけてるんだ。現金でもいくらかの貯金はあるけれど、まあそこはそんなにたくさんあるわけではないかな」
 そう言って、パパは「ハハ」と笑った。
 自分の勘違いが堪らなく恥ずかしくなる。その結果、私は「欲しいもの」を我慢することなく口にすることにした。
「あのねっ、私、ICレコーダーが欲しいっ。それから、おうちでの唯ちゃんの隠し撮り写真とかっ。スマホが欲しいとは言わないからっ、パパやママが撮った唯ちゃんの写真が欲しいっ」
「なんで写真……? いや、別にいいんだけど……」
「……私、これからも唯ちゃんにはそっけない態度しか取れないもの……。素直な自分で接することができたらいいな、ってずっと思ってたけど、そしたら間違いなく唯ちゃんに気持ちばれちゃうんもん。それだけは避けなくちゃだめでしょ? パパとも約束したし。だからっ――夜中に来た唯ちゃんがぶつぶつ言ってるひとり言は全部録音しておきたいし、あとで何度も繰り返し聞きたい。それから、病院に来たときの唯ちゃんだけじゃなくて、おうちでの唯ちゃんも見たいっ。このくらい許されるでしょうっ!?」
 パパはくつくつと笑いながら、
「わかったわかった。ICレコーダーと唯の隠し撮り写真な? 任せとけ、父さんがんばっていっぱい写真撮ってファイリングしてきてやる」
「やだ、ファイリングは自分するっ」
「お、そこはこだわるんだな?」
「そこしかこだわれる場所ないでしょっ!? かわいいファイルにしたいから、かわいいシールも買ってきてっ!」
「わかったわかった、そこは美也子にお願いしとくよ。で、あとで繰り返し聞きたいってことは、フォルダ管理できて、ある程度容量のあるものがいいな……。そっちは任せとけ。父さんの得意分野だ。材料用意すれば唯が作ってくれそうな気もするけど……。芹香は買ってきたものと唯が作ったの、どっちがいい?」
「……パパの意地悪。そんなの、唯ちゃんが作ったものに決まってるじゃない……」
「わかった。それとなく唯に依頼して作ってもらうよ。だから芹香は、唯に絶対に見つからないように管理するんだぞ?」
「わかってるわよっ。それからママのバッグ、いい加減新しいの買ってあげてよねっ!?」
 目を吊り上げてパパに迫ると、パパはでれっとした顔を見せた。
「あれさ、俺が初めて美也子にプレゼントしたバッグなんだよね」
「えっ、あ――そうだったの……?」
 じゃ、「このバッグ、すっごく気に入っているの」と言ったママのあの言葉は本当だったんだ……。
 確かに、好きな人から初めてもらったものというのなら、「特別度合」は段違いだ。でも――
「だからって、いつまであのバッグを使わせておくつもり? だいたいにして、あのバッグプレゼントしたの、いつの話よっ! もうママ、いくつだと思ってるのっ!? 女の子はね、その年に応じて持つ物の好みや雰囲気も変わっていくものなのっ! いい加減、あのボロボロなバッグはおうちに置いておく用にして、今のママに似合う新しいバッグを買ってあげてっ」
「……それもそうだな。父さん、その辺疎くてだめだな……」
「そうだよ、唯ちゃんはこんなにもあれこれリサーチして色々揃えてくれるのにっ!」
「ふむ……唯に相談してみるかな?」
 そう言って首を傾げるパパに、
「パパが自分でリサーチして、自分で選びなさいっっっ!」
「女物かあ……。ハードル高いな……。せめて芹香、一緒に選んでくれない?」
「もうっ! パパが選んでくれたものだからママは喜んだんじゃないのっ?」
「……違うぞ? ママが欲しそうにしてたから、買ったんだ。だから、あれは間違いなく美也子の趣味」
「それならママと一緒にお買い物に行けばいいでしょうっ!? たまにはそういう時間も作ってっ! で、どんなデートしてきたのか私に報告してっ! いい? わかったっ!? 次のお休みは絶対にママとデートだからねっ!?」
 私は心行くまでパパに説教をしてから病室へ戻った。


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Update:2021/06/25

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