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光のもとでT 外伝SS

秘密の想い

Side 若槻芹香 09話

「ごめーん、今戻った!」
 妻田さんが息を切らせて戻ってくると、
「それじゃ、私はこれで――」
 翠葉ちゃんは妻田さんに軽く会釈してから院内へ向かって歩き出した。
「お友達?」
 妻田さんに訊ねられ、私は目をパチパチと瞬かせた。
 おともだち……? ……えぇと、お友達とは――
「……次に会う約束をしたり、名前聞いたり、会話したり――それってもう友達? 今会ったばかりでも?」
「え? 違うの?」
 なんとも間の抜けた会話をするも、ちょっと気にかかることがあった。
 この様子からすると、妻田さんはあの子を知らない……?
「妻田さんの知らない子なんですか?」
「え? あの子入院患者なの?」
「はい。検査入院って言ってました」
「おかしいわねぇ……。あの年ごろなら小児科に入院のはずなんだけど……」
「……ということは、やっぱり小児科にはいないんですか?」
「えぇ、少なくとも私は知らないわ。それに、ここ一週間は新しい患者さんが入るって話も聞いていないし……」
 妻田さんは彼女が歩いて行った方を振り返り、
「自力歩行できてたし、緊急入院って感じでもないわよね……?」
「えぇ……。ひとりでの中庭散歩も許されてますし……。あの年でも小児科じゃない科へ入院することってあるんですか?」
 妻田さんは「うーん……」と唸ってから、
「普通は――一般的には、よ?」
「はい」
「今の小児科を思い出してみて? 康太くんは重度の火傷で入院してるでしょう? 亜香里ちゃんと卓くん、聖子ちゃんと慎太くんは芹香ちゃんと同じ心臓。でも、葉月くんは骨折だし、明日香ちゃんは白血病。真里ちゃんは脳腫瘍、和樹くんは骨肉腫。みんなそれぞれ違う病気で入院しているわけだけど、全員小児科病棟」
「そう言われてみれば、そうですね……」
「だから、あの年ごろならどんな病気であっても、検査入院であっても小児科病棟に入るはずなのよ……」
「でもいないと……」
「だとしたら、よっぽど権力のある教授の知り合いとかで、特別室に入ってるか何か、かしらね……」
「へぇ……そういうのって本当にあるんですね?」
「えぇ、あるわね。南病棟なんて社会的地位のある患者か、資産家しか入院してないわ……」
「あぁ、南病棟って一番建物新しいし、何より立地がいいですもんね。病院のスカイビューレストランも南病棟にあるし」
「やだ芹香ちゃんっ、その若さでそんなことまで悟っちゃって――妻田さん悲しいっ!」
 そんなふうに冗談ぽく話して絡んでくる妻田さんとじゃれあいつつ、
「でも――」
「ん?」
「あの子――翠葉ちゃんって言うんですけど、南病棟へ上がるなら、あのままフロアを突っ切ってエレベーターですよね?」
 妻田さんは私が指差す方を見て頷く。
「うん、そうね。違ったの?」
「あの子、ドアを入って左に行きました」
「……ってことは東病棟?」
「東病棟って言ったら、二階までは外来で、三階から循環器の病棟だったと思うんですけど……」
「当たり。三階は循環器の病棟ね。その上の階は麻酔科外来と手術フロア。さらにその上にICUなんかがあるわけだけど――」
「そこ、左に曲がっても売店はないし、患者が立ち寄りそうな場所もないですよね……」
「じゃ、考えられるのは循環器……?」
 色々推測してみたものの、結局は推測でしかない。
「次に会う約束もしたんでしょう? そのときに訊いてみたら?」
「うーん……。いつ会うっていう約束はとくにしてなくて――明後日には退院してしまうらしいので、その後、通院のときにお見舞いにきてもいいか、って訊かれたんですけど、普通にOKしちゃったけど、今考えてみたら、小児科って家族以外のお見舞いNGじゃないですか……」
「そうね……」
「それに、もし会えたとして――病名とかどこが悪いのか訊くのって、結構訊きづらくないですか?」
「あら、芹香ちゃんってそいうの気にするタイプ? 私、てっきり普通に訊けちゃうタイプかと思ってた」
「妻田さんひどい……。私にだってそれなりのデリカシーは備わっているんですけどっ!」
「ごめんってば!」
「でも……そうですね。基本的には訊けちゃうタイプの人間なんですけど、病気に関しては別っていうか……。ほら、訊いたら自分のも言わなくちゃいけなくなるし……」
 しかも、「なんとなく」の情報を得てしまうと、どのくらい深刻な状況なのか知りたくなっちゃうし、それを教えてもらっちゃうと自分の病気の進行具合を話さずにはいられないだろうし……。
 色々と考えてしまって黙り込むと、
「さっ、息抜きは十分できたでしょう? 病室に戻ったら三時のおやつの時間よ!」
 妻田さんは明るく話ながら背後へ回り、車椅子を押し始めた。

 病室へ戻ると、サイドテーブルに置いてあるオルゴールが目に付き、なんとなしに蓋を開ける。と、何度も聞いてきたメロディーがかわいい音で流れ始めた。
「それ、唯くんが作ったんだっけ?」
「はい。小学六年生のときだったか、美術の授業で作ったみたいで……」
「唯くん、器用よねー? その蓋のお花の模様、彫刻刀で彫ったんでしょう?」
「って言ってましたね……」
「前はそのオルゴールを使って手紙交換してたじゃない?」
「あ、はい……」
「最近はしてないの? ま、最近はあまりお見舞いにも来なくなったし……。やっぱり高校卒業すると色々と忙しくなるからかしらね?」
 妻田さんは点滴の滴下速度を調整したり、ベッド周りにある機材のチェックをしながら話している。
 その傍らで、私は「どうかな……」と呟いた。
 私は小学校も中学校も満足に通えなかった。だから、実際に学校へ通っている人たちの生活リズムや、一日のタイムスケジュール的なものはよくわからない。
 中学に上がると定期的にテストがあって、そのテスト勉強をしなくちゃいけないとか、部活動というものに参加しなくてはいけなくて、その都合上、拘束時間が長くなるらしいことは知っているのだけど……。
 私がそれらをどうやって知るかというならば、小説で、だ。
 学園ものはそれなりに読んできた。
 学校生活に憧れていたことも大きく関係しているのだろうけれど、何よりも、唯ちゃんがどんなところでどんなふうに過ごしているのかを知りたかったのだ。
 でも、小説と現実が違うことくらいは知っている。
 知っているけれど、現実の世界を唯ちゃんが全部教えてくれるわけじゃないから、私は自分で情報を補足する必要があった。
 人によっては高校からアルバイトをしてお金を稼ぐのだという。例にもれず、唯ちゃんも高校生のときからアルバイトを始めた。
 唯ちゃんが通う学校は進学校で名の通った学校だったし、勉強もアルバイトも――となれば、それは大変だっただろう。
 だから私は、お見舞いに来る回数が減っても文句は言わなかった。
 文句は言わなかったけれど、自分を繕うのも下手だから、たまに来てくれた唯ちゃんに拗ねた態度をとってしまうこともしばしばで、唯ちゃんはそんな私の機嫌をとるのがとても上手だった。
 アロマストーンを買ってきてくれて、お見舞いにくるたびに新しいエッセンシャルオイルを買ってきてくれたのだ。
 五ミリリットルの小さなボトルは、一ヶ月に一本ずつ増え、今ではそこそこの大きさの箱にところ狭しと並べられている。
 ある程度の種類が揃うと、唯ちゃんはエッセンシャルオイルの本を買ってきてくれて、それらをブレンドして違う香りを作れることを教えてくれた。
 唯ちゃんはいつだって、私がこの病室で楽しめるものを見つけて持ってきてくれた。
 でも、このオルゴールをポスト代わりにして手紙交換していたのはもうずいぶんと前の話だ。
 確か、唯ちゃんが高校に入学したあたりから、手紙交換はしていないと思う。
 それはきっと、唯ちゃんが忙しくなったから、かな……。
 でも私は、年を重ねて発作の回数が多くなることはあっても忙しくなることはなくて、唯ちゃんに手紙を書き続けた。
 オルゴールに入れられる枚数は限られていて、三枚書くとそれ以上は入れられなくなってしまう。だから、そのたびにママに持って帰ってもらって、唯ちゃんに渡してもらっていた。
 お手紙で返事をもらうことはなかったけど、手紙を読んだ感想みたいなものはママから聞いたり、パパから聞いたり……。
 あとは、時々お見舞いに来てくれるときに、まとめて手紙の返事を聞かされた。
「あれも全部、録音できてたら良かったのに……」
 もっと早くにパパにICレコーダー用意してもらえば良かった……。
 今はもう、私が手紙を書くこともない。
 手紙なら素直な自分の気持ちを綴ることができるだろう。いつも刺々しい態度をとってごめんなさい、と謝ることだってできる。でも、そんなことを続けていたら、いつか自分の気持ちを打ち明けてしまいそうで、思ったことをそのまま綴れない手紙になど、いったいどんな意味があるというのか――
 そう思ったら、早々に手紙を書く気は失せた。

 妻田さんが病室を出たあと、私は三時のおやつのお共に唯ちゃんファイルを開いていた。
「唯ちゃんは髪の毛長くても短くても恰好いいけど、ボブくらいが一番恰好いいなぁ……」
 今はボブより少し長くって、家では前髪をクリップで留めていたり、後ろの髪を適当に結っていたりする。
「ううう……こんな髪型の唯ちゃん見たことないよぅ」
 見たいなぁ……。唯ちゃんに会いたいなぁ……。
「次はいつ来てくれるのかなぁ……」
 前回夜中に来てくれたのは一週間と二日前。そのときの呟きをイヤホンから流す。

 ――『あと少しで春だな……。俺、桜が割と好きなんだけど、この病室からじゃ桜は見えないか……。病院の正面玄関脇に植わってるんだけど、そこの桜は毎年きれいに咲くよ。もし、体調のいい日に散歩させてもらえるなら、正面玄関へ連れて行ってもらえるといいな。……でも、セリは中庭のハーブのほうが好きなのかな? 桜も結構きれいなんだけど……』。

「病院の正面玄関がどんなかなんて、もう忘れちゃったよ……」
 院内散歩は割とあちこち連れて行ってもらえるけれど、正面玄関は送迎の車が頻繁に停車しては発進するから危ないっていうのと、風邪を引いている人との接触を避けるために、絶対に連れて行ってもらえない場所だ。
「でも、桜か……。私も桜は大好きだよ」
 自宅アパートを出てすぐのところにある小さな公園に、二本の桜の樹が植わっていた。その桜が咲くのを毎年楽しみにしていたのを覚えている。
「自宅アパート、か……。もう何年帰ってないだろう……?」
 もう何年、あの公園に咲く桜を見ていないだろう――
「唯ちゃんに会いたいなぁ……」
 写真もICレコーダーに録音された声も心を慰めてはくれるけれど、やっぱり実物に勝るものはないわけで……。
 私は二月十四日の――正しくは、二月十五日の夜中に録音されてたデータを呼び出す。

 ――『このチロルチョコ、俺にかな……? や、俺にだよな? 俺がチロルチョコ好きなの知ってるし、毎年もらってたのこのチョコだし……。でも、自分は食べられないのに、俺に用意するなよ……。……これ、食べたいって思いながら用意したのかな……。だとしたら、なんか悪いな……。でも、やっぱ嬉しいな……。持って帰ったら、俺が夜中に来てること、気付くのかな? でも、日中には来ないから、問い詰められることはないんだろうな。……セリ、世界で一番愛してる』。

 私はこのデータを聞くたびに泣いてしまう。
 生まれて初めて、大好きな人に、大好きな唯ちゃんに「愛してる」と言われた。
 それだけで、なんかもう十分な気がしてしまうのだ――
「ママ、貪欲になるってどうやって……? これ以上の幸せなんて、私には望めない。望めないよ――」



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Update:2021/07/03

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