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光のもとでT 外伝SS

秘密の想い

Side 若槻芹香 10話

 翠葉ちゃんと再会したのは、中庭で会ってから半月ほど経ってからのことだった。
 いつものように本を読みながら、時折中庭に視線を移す――そんなことを繰り返していた午前中、ふと気付くとワンピースを着た翠葉ちゃんが、私の病室へ向かって大きく手を振っていた。
「え、いつからそこにいたのっ!?」
 私は慌ててベッドを下り、ブランケットを羽織ってから窓を開ける。と、「お姉さーんっ!」と翠葉ちゃんが少し大きめの声で呼んでくれた。
 もしかして、ずっと呼んでくれてたっ!?
「いつからいたのっ!?」
 翠葉ちゃんは首にかけていたネックレスらしきものを手に取り、「十分ちょっと?」と首を傾げる。
「あ、また右……」
 そんなことがおかしくて、私はクスクスと声を立てて笑う。
「お姉さんの病室、小児科病棟ですよね?」
「えぇ」
「そこ、お見舞いに行けないんです」
「そうなの」
「――えぇと……確信犯?」
 翠葉ちゃんは再び首を傾げた。
「確信犯ってわけじゃないんだけど――」
 さてどうしよう……。
 この距離で会話を続けるのは得策とは言い難い。
 すると、私の声が聞こえたのか、妻田さんがやってきた。
「ちょっとー? ナースセンターまで声筒抜けよ? 誰と話してるの?」
「妻田さんっ! この間の子っ! 翠葉ちゃん!」
 思わず指差して翠葉ちゃんを主張すると、妻田さんは窓から中庭を見下ろした。
「あらやだ――」
 へ……?
「……どうしました?」
「芹香ちゃんもかわいいけど、何あの子っ! 規格外でかわいくないっ!?」
「妻田さんもそう思いますっ!?」
「思うわよっ! 稀に見る美少女!」
「ですよねっ! 超眼福!」
「しかも、全力で手振ってるところがまたかわいいじゃないの……」
「ですよね〜。……ね、妻田さん、ちょっとだけでいいの。ちょっとだけでいいから中庭行ってきちゃだめ?」
 妻田さんは渋い顔をした。
「芹香ちゃん、昨日まで熱出してたのよ? さすがに中庭へ出る許可は出ないと思うわ……」
「そうですよねぇ……」
 でも、未だ翠葉ちゃんは期待全開の笑顔で手を振ってくれているのだ。
「せっかく来てくれたんだけどなぁ……」
 翠葉ちゃんになんて言おうか考えていると、妻田さんの盛大なため息が聞こえてきた。
「付き合いが長くなると甘くなっちゃうのよねぇ……」
「じゃあっ!」
 私がパッと目を輝かせると、妻田さんは左右に首を振った。
「外はだめ。今日は少し冷えるし、会うなら院内限定」
「院内――でも、外来区画は風邪の患者さんいたりするからだめって言うじゃないですかあ……」
「当たり前です。だめです」
「じゃあ、どこならいいのっ!?」
「あの子、今は外来患者さんよね。入れる場所は限られてる、か……。それに、芹香ちゃんをここからあまり遠くには出せないし――よし、こうしよう」
 妻田さんは中庭の翠葉ちゃんに向かって話しかける。
「ね、あなた、今日は風邪とかひいてない?」
 翠葉ちゃんはコクコクと頷いた。
「じゃ、ここ――小児科病棟の入り口まで来られる?」
 翠葉ちゃんはパッと目を輝かせ、もう一度コクリと頷いた。
「じゃ、小児科病棟入り口の外にある待合室に来てもらえる?」
「そこなら会えるんですかっ?」
「えぇ、大丈夫! ただ、そんなに長時間は無理なの」
「わかりましたっ!」
 翠葉ちゃんはくるりと方向転換をして、一拍置いてから中庭の出入り口へ向かって歩きだした。
 ふとした違和感――
 なんだろう、この違和感……。
 翠葉ちゃんの後姿を見ながら疑問に思っていると、私と同じく翠葉ちゃんの後ろ姿を目で追っていた妻田さんが声を発した。
「あの子、走らなかったわね……」
 その言葉に、「あ――」と思う。
 会話の流れや喜びぶりからすると、今にも走り出してもおかしくない状況だったのだ。でも、翠葉ちゃんは一拍置いた。まるで勢いを殺すように一度立ち止まり、一呼吸おいてから歩き出した。
 その一連の動作に不自然さを覚えたのだ。
 これはきっと、意図した行動。
「私たちの推測、当たらずとも遠からず、かもしれないわよ?」
「え?」
「ほら、この間話してたじゃない。南病棟のエレベーターに向かって歩かないで、東病棟へ向かって歩き出したって」
「あ――翠葉ちゃんの入院先っ!?」
「そう。でも、本来小児科が受け持つはずの患者を循環器内科の病棟に入院させられるような権力のある医師は限られているし――うちの循環器の医師がこぞって崇拝してる、循環器のスペシャリストがいるのよね……。もしかしたら、その筋の患者さんなのかもしれないわ」
「じゃあ、翠葉ちゃんの病気も心臓……?」
「循環器と言っても心臓だけじゃないから、そこはなんとも言えないけれど……。あの動作は、『走らないように気を付けてる』って感じだったから、何かしら関係はあるかもしれないわ」
「そっか……」
 でも、検査結果がさほど悪くなく、重症ではないから退院できたのだろう。
 走らないように、という制約のようなものはあるのかもしれない。それでも自宅で生活ができる状態で、それはとても喜ばしいことで、「良かったね」っていう事案なのに、私はどうして落ち込んでしまうのか――
「芹香ちゃん?」
「……妻田さん、私、すっごくひどいこと思っちゃった」
「……退院できたあの子が羨ましかった?」
 私はコクリと頷く。
「検査入院の結果がそこまで悪くなかったから退院できたわけで、でも今日病院に来てるってことは通院は必要な状態なのかもしれなくて、そういうのわかってるのに、制約があっても自宅で生活できることはとても喜ばしいことなのに、私――」
 妻田さんは私にベッドへ座るように促すと、同じようにベッドへ腰かけ、私の背中を撫でてくれた。
「『健康』は望んで手に入れられるものじゃないもんね? そういうのわかってるから、心に矛盾が生じちゃうことはあるよ。芹香ちゃんは人としてひどいことを思ったわけじゃない。考えたわけじゃない。隣の芝生が青く見えるのは当たり前で、長く入院している芹香ちゃんがあの子を羨むのは至極もっともなことで、いけないことでもなんでもない。だから、自分を責める必要はなしっ!」
 そう言って、軽くポンと背中を叩かれた。
「あの子と会う? やめとく? どうする? 妻田さん、今だったらなんでもお願い聞いてあげちゃうよ〜?」
 妻田さんの言葉と、冗談めかした言い方に心が掬われる。
「……会いたいな。妻田さんは知ってると思うけど、私、ここに来てから年の近い子と話す機会なんてほとんどなくて、だから――」
「うん、そうだったね。いつでもお姉さんでいるしかなくて、友達って感じの子は誰もいなかったもんね」
 コクリ、と頷いたら涙が零れた。
「よし、ホットタオルを進呈しようじゃないの! ちょっと待ってて?」
 そう言うと妻田さんは病室を出ていき、病室の前にあるナースセンターからホットタオルを持ってきてくれた。
「ほら、顔拭いて! 芹香ちゃんが小児科病棟のドアの前にいることはナースたちに言っておくけれど、ちゃんとコールボタンは持って行くのよ?」
「はい」
「本当は十五分くらいって思ってたけど……。いいよ、話したいだけ話しておいで。ただ、無理はしないこと。ひどく興奮するのもだめ。いい? 守れる?」
「はい!」
 私はいくつかの約束を妻田さんとして、病室を出た。
 妻田さんは小児科病棟のドアのとこまでくるとロックを解除し、廊下に並ぶソファに座る翠葉ちゃんのもとまで車椅子を押してくれる。
「お待たせ! 長時間は無理って言ったけど、あなたの時間が許す限り、ここでなら話してて大丈夫よ」
「本当ですかっ?」
「うん。ただ、この子が具合悪くなったら、すぐにこのボタン押してもらっていい?」
「あ、コールボタンですね」
「そっ!」
「了解です!」
 そんなやり取りをすると、妻田さんは「楽しみなさい」と言って小児科病棟へ戻っていった。
 改めて翠葉ちゃんに向き直ると、「はい」と渡されたものがあった。
 あ、そういえば、さっき手を振ってくれてるときにも手に何かを持っていた――
 渡されたのは、英字が印刷されたピンク色のオイルペーパーに包まれたハーブたち。
「うち、温室があるんです。だから、この季節でもハーブは元気で」
 彼女が持ってきてくれたのは、ミント、ローズマリー、オレガノ、パセリ、バジル――
「全部食べ物!」
「母が料理にハーブを使うことが多くて、この辺のハーブは常に切らすことなく温室で育ててます」
 翠葉ちゃんは少し恥ずかしそうに笑った。そして、小さな手提げ袋を差し出される。
「え? 私に?」
 翠葉ちゃんはにっこりと笑って、ずいずいと手提げ袋を押し付けてくる。
 中には黄色いものが入っていた。
 お花らしきものをそっと取り出すと、
「ミモザのリースっ!?」
「当たりです!」
「でも、ミモザが咲くにはまだ早くないっ!?」
「それが……うち、高台に建っていて、とっても日当たりがいいんです。そのせいか、ほかの子たちよりも毎年少し早くに咲くんです。だから、毎年ミモザのリースを作っていて……。でも、大部屋か個室かわからなかったので、小さ目のリースにしたんですけど――」
 翠葉ちゃんはすごく不安そうに私の表情をうかがっていた。
「色々気にしてくれてありがとう。でも、大丈夫! 私個室なの!」
 翠葉ちゃんは胸に手を当てて、「良かった」と笑顔になった。
 私は、その手が添えられている胸が気になって仕方ない。
 その胸の奥にある心臓は、元気……?
 さっき走らなかったのは、なんで……?
 翠葉ちゃんの病気は、何……?
 すごく気になるのにどうしても訊けなくて、会話に集中できないでいた――



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Update:2021/07/25

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