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光のもとでU+

迷路の出口

Side 藤宮雅 25話

 緑山に来てから、女子だけで話すのはこれが初めてのことだった。
 そんなこともあり、会話は自然と弾む。
 けれどやっぱり、翠葉さんは複数人になると話すよりは聞き役に徹する傾向にあって、私と桃華さんの話を相槌を打ちながら聞いている感じ。
 そんな翠葉さんを会話に引っ張り込むべく、今日は何をして過ごしていたのかを訊ねると、朝起きてからの行動を一通り教えてもらえた。そして、翠葉さんは少し遠慮気味に、
「納涼床ではどんなお話をされていたんですか?」
 口にしてからも、「訊いてもよかったかな」とでも言うかのように、どこか不安そうに戸惑った顔をしていた。
 どうしてそんなに不安そうな顔をするのかしら……? 気まずく思うような質問ではなかったと思うのだけど――
 翠葉さんの立場になってあれこれ考えてみたら、「疎外感」という言葉にたどり着く。
 たとえこちら側に「仲間外れ」にした意識がなくても、ひとり別行動を取っていれば、共に行動していなかった人間との間には空白の時間が生じる。それは日常的に起こり得ることだけれど、女子が三人しかいない今は、よりいっそう気になってしまうのかもしれなくて――
 でも、納涼床で話したことと言えば、翠葉さんと司さんがどんなふうに過ごしているのかとか、桃華さんの恋愛事情くらいなもの。
 桃華さんのことを私の口から話すわけにはいかないから、翠葉さんと司さんが普段どんな話をしているのかを想像していた、という話をするべきかしら?
 私が考えている間に、隣に座っていた桃華さんが躊躇いなく口を開き、
「主に私の恋愛相談かしら」
 さらりと答えたから驚いた。
 けど、本人の口から言うのであれば、なんの問題もない。
 ……でも、桃華さんがお付き合いしているのは翠葉さんのお兄さんで、翠葉さんは桃華さんの親友でもあって――
 これ、翠葉さんがとても複雑な立場になるんじゃ……。
 それでもこんなふうに話せてしまうのは、それだけ翠葉さんのことを信用しているからなのだろう。
 翠葉さんはというと、とても不思議そうな表情で、
「恋愛相談……? 桃華さん、蒼兄とうまくいってないの?」
「仲はいいの。仲はいいのだけど……」
 桃華さんは言葉を濁し、俯いてしまった。
 やっぱり、メイクした写真を送信取り消しにするくらいでは気が晴れるわけがないし、蒼樹さんにキスをされたからといって、すべてが解決するような問題ではないのだ。
 唯くん、女の子ってもっと複雑よ? そんなキスのひとつやふたつで解決できることなんて、たかが知れているわ。
「桃華さん……?」
 心配そうに声をかける翠葉さんの呼びかけに、桃華さんは答えることができずにいた。
 みんなといるときにどれだけ平静を装っていても、気を許している友人の前ではそうはいかないのかもしれない。もしくは、相当無理をして平静を装っていたかのどちらか――
 昨日知り合ったばかりの私に話して泣き出してしまうくらいには、桃華さんにとってショックな出来事だったのだ。
 翠葉さんに話すことに抵抗がないのであれば、代弁することくらいはできるかもしれない。
「桃華さん、私から話してもいいかしら?
 窺うように訊ねると、桃華さんは「はい」と小さく頷いた。
 でも、代弁するにしても、少し心構えが必要な内容だ。
 相手は蔵元さんが二の足を踏むほど純真無垢な翠葉さんだし――
 でも……翠葉さんはすでに司さんと婚約しているし、昨夜だって星見荘にふたりきりで泊ったわけで、桃華さんが蒼樹さんに望むような関係になっているのかしら……。
 ……私、翠葉さんとお友達になれたつもりではいるけれど、翠葉さんと司さんのことは何も知らないのね……。知っていることと言えば、去年秋斗さんの気持ちを無下にできなくて、司さんを不安にさせてしまっている、と悩んでいたことくらい。
 考えてみれば、司さんと婚約したという話も翠葉さんから直接聞いたわけではない。
 私が日本にいて、もっと頻繁に会うことができたなら、もっと色んな話をする機会があるのかしら?
 でも、メールでのやり取りは相応にあるのだけど……。
 ……違うわね。今まで友人がいたことがないから、友人との距離感や付き合い方がいまいちよくわからなくて不安になってしまうけれど、友人だからといって、すべてをさらけ出して話すわけではないだろう。そしてすべてを話すから、相手のすべてを知っているから「友人」というわけでもない――
「桃華さんはその……蒼樹さんと男女の仲になりたいそうなのだけど、なかなか蒼樹さんが踏み切ってくれないらしくて……」
 歯切れ悪く、というよりは、滑舌悪くモゴモゴと口にすると、翠葉さんは驚きに呼吸が止まっていた。
 追い討ちをかけるように、
「ねぇっ、どうしたら手を出してもらえると思うっ!? どれだけ雰囲気作りをしても何をしても、まったく流されてくれないのっ」
 一緒にバスタイムを楽しんだときも、川原でバーベキューを楽しんだときも、星見荘まで歩いてくる道のりも、桃華さんはいつもと変わらない様子でいたけれど、それが見事に剥がれ落ちる。
 納涼床で見た、とても脆い女の子が目の前にいた。
 痛々しくて見ていられず、手が自然と伸び桃華さんの背を擦る。と。
「えぇと……――」
 声を発した翠葉さんは、桃華さんの激情にただただ驚いていて、完全にフリーズしていた。
 それでも必死に言葉を紡ぎ出す。
「蒼兄は、桃華さんのことをとても大切に想っているよ?」
 桃華さんは間を置かずに答える。
「それはわかってる。わかってるけど、ただ大事にされたいんじゃないもの……」
 最後は絞り出すような声だった。
 そんな桃華さんに深刻さを察したのか、翠葉さんは言葉を失う。
 ぐすぐすと泣いている桃華さんは、
「キスをするまではそんなに時間かからなかったのに、エッチはどうしてだめなんだろう……」
 もしかしたら、桃華さんは本当に見当がついていないのだろうか……。
 私は少しの勇気を持って口を開く。
「それは年の差を気にしているからじゃないかしら? 普通に考えて、未成年と成人が付き合う場合、淫行条例とかあるわけだし……」
 口にして罪悪感を覚える。
 蒼樹さんがそんなふしだらなことを目的に桃華さんと付き合っているわけがないし、そうじゃないからこそ桃華さんがこんなにも悩んでいるのだ。
 案の定、すごい勢いで桃華さんに反撃された。
「私たち、『淫行条例』が適用するようなお付き合いはしていませんっ。両親だって交際は認めてくれてますっ」
「ごめんなさいっ」と謝り平伏したくなる気分だ。
 わかっているの。わかっているのよ?
「それでも、周り――世間的には難しい部分があると思うわ。交際の深度というか、親密さは蒼樹さんにとってリスクになりうるものよ」
「わかってます。わかってるんですけど――」
 そうよね……。桃華さんほど頭も気も回る人が、気付いていないわけがない。だから納涼床では口にしなかったのだけど、この話で行き詰まったら、この話題を避けて通ることはできないわけで――
 翠葉さんはというと、驚きに目を見開き、桃華さんをただただじっと見つめていた。恐らく、こんな桃華さんを見るのは初めてなのだろう。
 それでも、何かかけられる言葉はないか、と必死に考えているのが見て取れた。
 けど、私に言えるのはこのくらいだし、翠葉さんにかけられる言葉だって限られているはず。
 この問題は、当人同士で話し合う以外に解決策はないのだ。
 桃華さんがすすり泣く音だけが部屋に響いていた。そこへ、異質な音が割り込む。
 コンコンコン、と三回。ガラス窓をノックする音が聞こえた。
 少しの期待を胸に振り返ると、蒼樹さんがすぐそこに立っていた。
「立ち聞きごめん……。ちょっと桃華を借りてもいい?」
 気まずそうに口にした蒼樹さんは、私と翠葉さんに了承を求めたけれど、そんなものは私たちが答えるまでもない。
 ふたり揃って「どうぞどうぞ」と桃華さんを差し出した。
 蒼樹さんは桃華さんを労わりながら外へ出る。と、入れ替わりで外にいた男性陣が部屋へ戻ってきて、最後に入ってきた唯くんがきっちりと窓を閉める。
「唯兄っ、そこにあるひざ掛け、桃華さんに――」
「了解!」
 唯くんはソファの背にかけてあったブランケットを持って外へ出ると、わずか数秒で戻ってきた。そして、先ほどと同じように窓を閉めると、外の様子を気にする翠葉さんの前で、無常なまでにレースカーテンを引いてみせる。
「プライバシーは守らねばならぬのですっ!」
 その言葉にすべてを悟る。
 恐らくは、女子三人の会話は外へ筒抜けだったのだろう。
 考えてみれば、あれほど騒がしかった唯くんの声がパタリと止んでいたし、花火をする音も聞こえてはこなかった。
 昼間の唯くんの行動を思い返せば、窓の外で聞き耳を立てていた可能性が非常に高い。
 これは一言申さずにはいられない……。
「あら、よくそんなことが言えますね? ガールズトークを盗み聞きしていた紳士様方?」
 チクリといやみを口にすると、蔵元さんと秋斗さんが気まずそうな顔をしたのに対し、唯くんは「えー? なんのことー?」とすっとぼけるし、司さんにおいては澄ました顔で、
「聞こえる場所で話していたのに問題があるんじゃない?」
 確かにそれは一理ある……。でも、少し聞けば聞いていい内容かどうかはわかりそうなものだし、内容を察したら立ち退けば良かったのではないのか。
 非難の目を向けると、
「ま、何はともあれ成人している蒼樹からしてみたら、年の差ってものすごく深刻な問題なわけだよ。簾条さんが成人するか、簾条さんの成人を待たずに婚約しちゃえばまた話は違ってくるんだけどね」
 秋斗さんが場を収めるためにそんなことを言い出す。
 まあ、確かに……。婚約してしまえば話は別なのよね。
 あれこれ考えながら唸っていると、人が動く気配がして顔を上げる。と、見つめ合う翠葉さんと秋斗さんの間に割り込む形で、司さんが翠葉さんの正面に座った。
 あぁ、なるほど……。
 秋斗さんは翠葉さんを想いながら、または見つめながらあの言葉を口にしていたのね。それを面白く思わなかった司さんは、物理的にふたりを遮ったのだ。
 普段は冷静沈着な司さんがこうも感情的に行動するのがおかしくて、少し笑みが零れる。
 そんな人間は私だけではなかった。
 微妙に漏れ聞こえる笑い声を押さえ込むように、
「どっちにせよ、簾条が納得できる回答を御園生さんが提示しないと、簾条はつらいままなんじゃないの?」
「ま、そうだよね。相手を求めるのって、極々自然な感情だからね」
 秋斗さんがまたしても翠葉さんに視線を向けるものだから、これ以上空気が悪くならないよう、この会話を断ち切ることにした。
「コーヒーでも淹れなおしましょうか」
 私が席を立つと、
「手伝います!」
 翠葉さんもこれ幸いと立ち上がった。
「じゃ、翠葉さんはそのプレートにまたお菓子を並べてくれる?」
「はい!」

 皆がコーヒーを飲み始めてしばらくすると、
「翠葉ちゃん、そろそろこっちに座ったほうがいいんじゃない?」
 秋斗さんの言葉にはっとする。と、隣の司さんも何気ない動作でスマホに目をやり、翠葉さんのバイタルを確認しては、無表情に拍車がかかる。
 察するに、翠葉さんの血圧が下がり始めていたのだろう。
 椅子に座っていれば大丈夫なのかと思っていたけれど、座位であっても血圧の維持はできないのね……。
 そして、そのことに一番に気付いたのは秋斗さん。司さんは自分が一番に気付けなかったことへ舌打ちしたい気分なのかもしれない。
 それにしても――秋斗さんって、絶対にストーカーの素質があると思うのだけど……。
 一方、翠葉さんは正面に座る司さんを気にしていた。それに気付いた司さんは、「行けば?」みたいな視線で翠葉さんを見ている。
 本音は、秋斗さんの近くへは行かせたくないのだろう。それでも翠葉さんの身体を思えば、引き止めることはできない。そんなところ……。
「あっち、座ってくる……」
「そうして」
 ふたりは言葉少なに言葉を交わし、翠葉さんは席を立った。
 司さんは明らかに秋斗さんを意識しているし、そのことに翠葉さんも気付いている。その場合、翠葉さんはどこに落ちつくのだろう……。
 些細なことに興味が湧いて、翠葉さんの動きを目で追っていると、部屋の端に置かれた楽器が目に入った。
「ハープ……」
 思わず声に出すと、翠葉さんが足を止めこちらを向いた。
「今日も弾いていたの?」
 さっきの話では、日中はボートに乗っていたという話だったけれど……。
 翠葉さんは嬉しそうに頷く。
「昨日、納涼床で作った曲をきちんと形にしたくて」
 納涼床で、作った曲……?
 翠葉さんが作曲もするという話はうかがっていたけれど、あのすてきな空間で作り出された曲――
「それ、聴きたいって言ったら迷惑かしら……?」
 好奇心を抑え切れずに訊ねると、
「全然迷惑じゃないです!」
 翠葉さんは寝室前に置かれたハープを取りにいくと、その場で座り、ハープのチューニングを始めた。
 リビングに背を向けて座っていた司さんも、身体の向きを変える。
 部屋にいる人間が皆、翠葉さんを注目していた。
 翠葉さんは慣れた様子で弦を爪弾くと、床や天井を見てからハープに視線を戻し、完全に弾く体制に入った。
 そのまま演奏が始まるのかと思いきや、翠葉さんはしばらく目を閉じて、大切そうにハープを抱える。
 まるで神話に出てくる女神のように穏やかな表情で、我が子を抱えるようにそっとハープを抱きしめていた。その光景は、後光が差しているかのようだ。
 でも、いったい何をしているのだろう……?
 不思議に思っているうちに翠葉さんは目を開き、弦に指をかけると演奏が始まった。
 ハープの音色は思っていたよりもずっとキラキラとしていて、紡がれるメロディーは穏やかで、優しい子守唄のようだ。
 音楽には人間性が表れると言うけれど、それは間違っていないと思う。
 翠葉さんが具現化されたような優しい音楽は、あっという間に終わってしまった。けれど、音の余韻が部屋中に残っていて、それすらも味わいつくしたい気分。
 残響音がすべて消えると、皆が手を叩き拍手の音で部屋が満ちる。
 翠葉さんはハープを片付けながら、恥ずかしてたまらないといった感じで、ハープの隣にちんまりと正座した。
「オーケストラの演奏ではハープのソロを聴く機会もあったけれど、そのハープ――」
 この小さなハープはなんという名前だっただろう。以前、翠葉さんに聞いたことがあると思うのだけど――
 そんな私の疑問を悟ったかのように、
「アイリッシュハープですか?」
 翠葉さんが答えをくれる。
「ええ、そう! アイリッシュハープの演奏を聴くのは初めて! 大きなハープとは違って、星が瞬くような音をしているのね? 曲もとってもすてきだったわ」
 日本にいたときはクラッシックコンサートへ出掛けることもあったけれど、実母と再開してからはそんな余裕もなくなった。
 就職してからも同じ。仕事と勉強、カウンセリングのみの生活で、芸術に触れる機会などなかった。
 私、自分では楽器を演奏することも絵も描くこともないけれど、「芸術」に触れるのが好きなのね……。
 これからは時間を作って音楽を聴きに行ったり、美術館へ行ったりしよう――
 ニューヨークには名だたるギャラリーも多くあるし、音楽を聴ける飲食店も多い。
 確か、あかり先生もドクターも、そういう情報には精通していたはず……。
 あちらに戻ったら、早速訊ねてみよう。
 気分が高揚したままにそんな算段を立てていると、
「私もアイリッシュハープという楽器の演奏を聴くのは初めてです。なんというか……もっと民族色の強い楽器だと思っていたのですが、曲調によるところが大きいのでしょうか。とても親しみやすく、心に沁みる演奏でした」
「蔵元さん、あまり持ち上げないでください……。私なんてまだまだで……。でも、これを機に、アイリッシュハープに興味を持っていただけたら嬉しいです」
 私と蔵元さんが感想を述べる中、秋斗さんは、
「翠葉ちゃん、曲名は? まだ曲名はつけてないの?」
「曲名はツカサがつけてくれました」
「へ? 司が?」
「はい。曲に対する私のイメージを話したら、『リュミエール』って」
 Lumière――
「まあっ、すてきっ! フランス語で『光』ね?」
「うん。悔しいけどぴったりだな。『光』をイメージした曲だったの?」
 秋斗さんが訊ねると、
「えぇと……。納涼床、緑のカーテンから零れる木漏れ日がとってもきれいで――」
 翠葉さんは天井を見ながら話す。けれど、言葉に詰まると少し黙って、秋斗さんを見ては唇の前で人差し指を立てた。
「そのほかは内緒です」
 その仕草がものすっごくかわいくて、私が悶え死にそうだった。
 さて、これで秋斗さんが引き下がるものだろうか。
 秋斗さんの出方を窺っていると、
「隠されると余計に訊き出したくなるけれど……」
 秋斗さんは窓の方へ視線を移し、
「願わくば、この『光』が蒼樹と簾条さんにも届くといいね」
 そう言って、この場を締めた。


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Update:2021/01/31

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