【77777】キリ番前後賞 【77778】 設定内容


1 誰視点 → 藤宮司

2 カップリング → 藤宮司 × 御園生翠葉

3 設定 → 結婚していてまだ子供のいないふたりの甘い休日。
       今の司が言わないような甘い台詞とあたふたする翠葉さん。

★ 本編とは一切関係のないパラレルストーリーであることをご了承の上、お読みくださいますよう
  お願い申し上げます。
  本編のイメージが崩れる恐れがありますので、読むか読まないかは読者様のご判断にお任せいたします。

  注)読んだ後のクレーム等はご遠慮ください。

2011/10/17(改稿:2012/10/16)

 甘い雰囲気には程遠い  − Side 藤宮司 −


 カーテンを引かない寝室に朝陽が差し込む。
 ベッドサイドの時計に目をやると、短針は“五”と“六”の間を、長針は“六”を指していた。即ち、五時半。
 朝、いつもと同じ時間に目覚めるのは今に始まったことじゃない。隣には、まだ眠りから覚めそうにはない翠が横になっている。
 頬にかかる一房の髪を払ってやると、「ん」と鼻にかかる声を発した。
 出逢ったときは互いが十七歳だった。今は二十七。
 翠は今日、二十七歳になった。
 出逢ってから十年。籍を入れてからは2年。
 長いのか短いのかわかりかねるその時間を愛しく思う。

 俺はひとりベッドを抜け出し、着替えを持ってリビングに向かった。
 ソファーの背もたれに着替えを置き、キッチンへと足を踏み入れる。
 家具も食器も姉さんが住んでいたころとさほど変わりはしない。
「気にせず変えていいわよ?」と言う姉さんに、翠は「なんだか馴染んでしまって今さら変えるほうが変な感じです」と答えていた。
 静さんと結婚した姉さんが俺に引き渡したこの部屋に、ふたりで住むようになったのは大学を卒業した年の春から。
 大学に行っている間、俺の生活の拠点は支倉にあった。週末にはこっちに戻ってきていたものの、週の大半を支倉のマンションで過ごしていた。
 そんな期間が五年――。

 翠の手によって整理整頓されたキッチンはどこに何があるのかが一目瞭然で使いやすい。
 コーヒーのセットを済ませると、着替えを持ってバスルームに向かう。
 熱めのシャワーを浴び、数年前のことを思い出していた。
 それは高校を卒業した日のこと――。


     *****


「婚約しよう」
 言うと、翠が固まった。
「だ、れ……が?」
 そのまま放っておいたら、「誰と?」という言葉も聞く羽目になっただろう。
 そんな言葉は聞きたくない。だから、先手を打った。
「俺が翠に婚約を申し込んでるんだけど」
 ほかの解釈ができないような言い方をしないと見当違いなほうへと勘違いする。それが“翠”という人間なわけだが、卒業式が終わり、見送りパレードが済んだあと――今、この図書室には俺と翠のふたりしかいない。
「翠、返事は?」
「あの、婚約って……?」
「……何。今度は語句の意味から説明しなくちゃいけないわけ?」
「あ、えと……そうじゃなくて――」
 否定したそうだったが、続く言葉に俺の求める答えが含まれているとは思えず、語句の意味を説明することにした。
「簡単に言うなら結婚の約束。婚姻と違って法的な手続きはない。けど、契約に伴う権利義務が発生する都合上、正当な理由なく婚約を破棄する場合、債務不履行と不法行為に該当し、損害賠償責任を負うこともある」
「………………」
 翠の無言に少しイラついた。
「“付き合う”ってカタチを取ることにしたとき、結婚の意志は伝えたはずだけど?」
「わ、わかってるんだけどっっっ。ただ、ちょっといきなりすぎてびっくりしただけで……」
「……いきなり、じゃないだろ? 付き合う時点でそう話してある。今回は卒業を機にいくらかちゃんとしておきたいと思っただけだ」
 ……本当は法的効力のある入籍をしたいくらいだった。翠を誰にも奪われないよう、法的に自分のものにしてしまいたい――と真面目に考えていた。
「あの……」
「何……」
 今さら嫌だなんて言わないだろうな……。
「本当に私でいいの?」
 遠慮がちに口を開いたかと思えばそんなこと……。
「そこを今さら質問されるって、俺はどれだけ信用されてないのか訊いてもいいか?」
「わっ、ごめんなさいっ。そういう意味じゃなくて…………」
 こいつは……。
「ほぼ二年間一緒に過ごしてきて、付き合っていた期間が約一年間。その間に翠が不安に思う要素が俺にあったとでも?」
 にじり寄ると、翠の背が図書室の壁に当たった。
「世の中にはたくさんの人がいるって聞いたし、出逢いの数は無限大って……私もそう思うし…………」
「ふーん……。で? それ誰情報?」
「あ、秋斗さん」
「……で、それが何か問題でも?」
「司はこれから大学生になるよね? そしたら、また新しいお友達ができるよね? ……そこで、私よりも好きな人が……でき、た、ら?」
 ………………。
「それ、泣きながら言うこと? それ以前に婚約したいって申し出た男に言う台詞?」
 翠はボロボロと泣きながら俯いた。
 無神経でバカなのは相変わらずだ。
「なんなら……“婚約”なんて手ぬるいこと言わずに入籍でも構わないんだけど……。実質的にはふたりで生活するのに困らない程度の収入はある。ただ、学生っていう身分を考慮して“婚約”に踏み留めただけで……」
 驚かせないようにゆっくりと、翠を正面から抱きしめた。
「どうしたらそんな不安が出てくるんだか……」
 胸もとで、「だって」とか何かもごもごと口にする翠。
「悔しいから“婚約”でいいけどね……。俺は宣言しておく。今後、どんな女に出逢おうが翠以外に求婚するつもりはない。なんなら一筆書こうか?」
 翠はプルプルと首を横に振った。
「……ただ、“出逢い”っていうのなら翠にも同じことが言えるわけで――翠が俺以外の男を好きになったらどうするかな……? 精神的損害を理由に容赦なく損害賠償を請求しようか?」
 どうしてこんな話しになってるのかサッパリだ。俺たちはこの手の話をして甘い雰囲気になった試しがない。これは俺たちの宿命みたいなものなんだろうか……。
「翠、返事」
「あの、ツカサ……」
「何?」
「これって、私がこの場ではいって答えてしまっていいものなの? お父さんとかお母さんとかに訊かなくていいのかな?」
「――いつか結婚するのは翠自身なわけだけど……。確認でも許可でも、とりたいのならどうぞご自由に?」
 どこまで遠ざかればいいんだか……。俺たちに“甘い雰囲気”は縁遠すぎる。それは俺だけに要因があるわけではなく、間違いなくこいつにもあっただろう――。


     *****


 早いもので、あれから丸八年だ。大学を卒業してすぐに入籍し、一緒に暮らし始めた。
 俺は藤宮病院に勤務。翠は静さんのもとで写真提供の仕事を続けている。
 仕事は単発で入ることから、翠は日々の大半をこのマンションで過ごしていた。
 朝は、前の日の晩に用意されたものを一緒に食べ、「いってらっしゃい」と見送ってくれる。帰ってくれば「おかえりなさい」と笑顔で出迎え、自分はすでに食べ終わっている夕飯に付き合ってくれる。
 具合が悪いと先に休んでいることもあるが、たいていは起きて待っていてくれた。
 休みの日は、そんな翠に感謝を伝えるために自分が朝食を作る。予め決めていた約束ごとではなかったが、それが俺たちの生活スタイルになっていた。
 バスルームから出るとコーヒーのいい香りが漂っていた。
 キッチンに戻り、冷蔵庫の野菜室からレタスときゅうりを取り出し、冷蔵室からはハムを取り出す。そのほか、翠の好きなハーブティー“シェル”を用意し、ティファールのポットに水を入れスイッチを入れる。そこまでしてから、サンドイッチ作りに取り掛かった。
 包丁の音で翠が目覚めるのはいつものこと。
「ツカサ……おはよう」
 まだ眠そうな翠は目をこすりながらキッチンに入ってきた。グラスに半分ほど水を注ぎ、コクコクと喉を鳴らして一気に飲み干す。
 そのグラスを取り上げ、翠の耳もとで「Happy birthday……」と囁きキスをする。
「っ……!?」
 びっくり眼の翠をかわいいと思う。
「まだ寝てていいのに」
 笑いながらそう言うと、
「ツカサっ! 不意打ち禁止っ」
 と、抗議された。
 背中をポカスカぶたれるものの、痛くはない。
 俺は寝起きの翠にいたずらを仕掛けるのが好きらしい。翠に禁止と言われようが抗議されようがやめられそうにはない。
 こんなことは日常的ないたずらになっていた。
 翠は洗面所に向かい、洗面を済ませて寝室に戻る。ルームウェアに着替えた翠がダイニングに戻ってきたときには、テーブルにサンドイッチを運び終えたところだった。
 そのテーブルを見て翠が言う。
「あ、いい。あとはやらせて?」
 翠に言われ、ダイニングの椅子に座った。
 すでに淹れてあったコーヒーをカップに注ぐと、翠は自分のカップに沸騰させて放置してあったお湯を注ぐ。
 キッチンから出てきた翠が「お待たせ」と、コトリと控えめな音を立ててカップを置き目の前に座った。
 ふたり揃って手を合わせ、「いただきます」と言うこの瞬間が好きだと思う。
「今日の予定は?」
「んと、結局誕生日パーティーは幸倉ですることになったから、お母さんが六時にはいらっしゃいって」
「了解。その前に行きたいところは?」
「んー……食材の買出し? あ、あとホームセンターにも行きたい」
「……翠。今日は翠の誕生日なんだけど?」
「え? あ、うん。……?」
「わかってるけど何?」って顔。
 考えてみればこの8年間いつだってこんな感じだった。誕生日なんだからもっといつもと違うことを……と思うものの、翠はそれを望まない。
「……買出しのほかには?」
 一応訊いてみるものの、返される言葉はきっと予想を裏切らない。
「ツカサと一緒にいられるならそれでいい」
 にこりと笑ってそう答える。本当に……八年間何も変わらない。
「翠……たとえ日常的じゃないものが日常に混じったとしても、それで明日から何が変わるわけじゃないと思うけど?」
 その言葉に翠は苦笑する。
「そうかもしれない……。でも、私は今ある日常が大切なの。目の前にツカサがいることが大切。それじゃダメ?」
「………………」
 こういうところも、本当に変わらない。
 翠より先に食べ終わった俺は、照れ隠しに席を立つ。いつもなら翠が食べ終わるのを待つところだけど、正直、こういうことを臆面なく言う翠には八年経っても慣れなかった。
 キッチンの流し桶にプレートを入れ、勢いよく水を流し込む。ふと視線を上げると、カウンターから見えるはずの場所に翠の姿がなかった。
「っ…………」
 気づけば翠は俺の隣にいた。
「ダメ? って訊いたのに席立つなんてひどい……」
 いや、ひどいのはお前の行動と言動だろう!?
「ツカサは自分の誕生日に特別な何かを求める?」
 その質問に少し悩んだ。
 誕生日に何かモノが欲しいとは俺も言わないだろう。どこかへ行きたいと言うだろうか? ……それも無い気がする。
 じゃぁ、何を望むか――。
 翠が側にいること。翠が笑っていること。翠がいつも通り日常を過ごせること。翠が自分の腕の中にいること――。
「……ないな。特別なものは望まない。ただ、翠が自分の腕の中にいればそれでいいと思う」
 答えると、翠は赤面した。
「訊いておいて赤面はないだろ!?」
 恥ずかしさのあまり、語尾が少し荒くなる。
「違うの……」
 小さく呟く翠の声に続いた言葉は、「私も、同じ、なの……」だ。
「……何が同じ?」
 “同じ”がどこにかかるのかがわからなくて問い返す。
「あのね……私もツカサの腕の中にいたいんだよ?」
 恥ずかしそうにそう口にした。
「……それ、いいようにしか解釈しないけど?」
 真顔で答えた俺に、翠はさらに上気する。けれど、その状態でコクリと確かに頷いた。
 俺は水を止め、翠を抱き上げるとそのまま寝室に向かった。ベッドに下ろすと、翠が口を開く。
 声にはならないその口が紡いだ言葉は――『キス、してくれる?』。


END

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