【80000】 設定内容
1 誰視点 → 藤宮司
2 カップリング → 藤宮司 × 御園生翠葉
3 設定 → 子供に名前をつける。
★ 本編とは一切関係のないパラレルストーリーであることをご了承の上、お読みくださいますよう
お願い申し上げます。
本編のイメージが崩れる恐れがありますので、読むか読まないかは読者様のご判断にお任せいたします。
注)読んだ後のクレーム等はご遠慮ください。
2011/10/24(改稿:2012/10/16)
子供の名前 − Side 藤宮司 −
夜空に木蓮の白い花が浮かぶ季節。
病院から帰宅するとリビングテーブルにルーズリーフや辞書が出ていた。寝室までの道すがら、何をしていたのか訊くと驚く答えが返ってきた。
「赤ちゃんの名前を考えてたの」
にこりと返される笑顔も言葉も殺人級。
「なんで……?」と、努めて冷静に聞けた自分を褒めてやりたい。
翠は、俺のスーツの上着をハンガーにかけながらこう言った。
「だって、考えるだけならタダだよ? それに考えてるだけでも楽しい」
と――。
それは先々週の出来事。
「ツカサ、あのねっ……。――あのねっ?」
妙に意気込んでいるものの、先の言葉が続かない。
「何……?」
不思議に思っていると、なんの心の準備もしていなかった俺に爆弾が投下された。“子供”という名の爆弾が。
別に“できた”わけではない。翠が“欲しい”という段階のもの。
従って、その平たい腹に新たな生命が宿ってるわけでもなんでもなかった。
「なんでまた急に……」
「え……? 別に急にじゃないよ?」
そんなのは初耳だ……。
「ここ数ヶ月体調安定してるから……だから今言っただけで、子供が欲しいっていうのは急に思ったわけじゃないよ……?」
「俺が聞いたのは初めて。そういう意味」
「あ……そっか。そうだよね」
翠は勢いをなくし、
「うん。そういう意味では誰にも話したことなかったかも」
と、口にした。
「翠?」
「ほら……自分の体調も満足にコントロールできないのに“子供”なんて考えちゃいけないと思ってたから。だから、言わなかっただけ」
そう言うと下を向いてしまった。
「私、夕飯あたためなおしてくるねっ?」
翠は逃げるように寝室を出て行く。
その背を見て思う。俺にとっては急に……でも、翠にとっては願望のひとつだったのかもしれない。
まだ高校生だった頃、拓斗や琴実と楽しそうに遊んでいるところを何度か見かけたことがある。それを見るたびに、子供が好きなのかもしれない……とは感じていた。
それでも、付き合っている頃や結婚してからも一度としてそんなことを耳にしなかったのは、体調が安定しない状態では決して口にできない“望み”だったから――。
それはわかる……。わかるが、こっちにも不安要素はある。
その体が今落ち着いているからと言って、妊娠中も維持できるとは限らない。ありとあらゆるパターンを考えて最悪の状況まで想定するなら、到底勧めたい事柄でもなかった。
「こういう場合、秋兄ならどうする……?」
翠に振られ続け、なおも独身を通している九歳年上の従兄を思い浮かべてみる。
「ダメだな……。こういうことには俺も秋兄も臆病すぎる」
翠の体を優先するあまり、翠の気持ちを優先してやることはできそうにない。――なら、ほかの人間を頼るべきだ。
自分よりも客観的に翠の体調云々を見れる人間……。
「姉さん、兄さん、相馬先生に清良さん……かな」
答えに目処をつけて寝室を出た。
翠はダイニングで無駄に忙しそうに動く。
「今、ご飯よそうね」と、急須を置いたその手を掴んだ。
「っ……ごめん。謝るから、もう言わないからっ。だから何も言わないでっ。お願いっっっ」
何がどうしてその言葉なのか、わからなくはない。きっと“分をわきまえないことを言った”とでも思っているんだろう。
俺は小さくため息をつく。
「違う。勝手に勘違いするな」
「……え?」
背中側から抱きしめると、腕の中で翠が縮こまる。だから、ほんの少しだけ力を加えて抱きしめ直した。
「自分も医者だけど……。まだ、その手のことに関しては知識が足りてないと思う。さらに、俺はどうしたって翠の体調を優先する――」
「ツカサ、ごめん。本当にもういいから。ごめんなさいっ」
翠は先を聞きたくないとでも言うかのように、俺の腕から逃れたがり、それができないとわかると両耳を塞いだ。
俺はその手をも却下する。
「だから……勘違いするな。俺にはまだ判断しかねるからほかの人に相談しようと思う。そういう話」
そこまで話すと、肩越しに翠が振り返る。
「ほん、と……?」
目には涙が溜まっていた。
「阿呆……」
「っ……」
翠は何も言わずにくるりとこちらを向き、俺の背中に腕を回すと胸に顔をうずめた。自分もそのまま翠の背中に腕を回し、長い髪を手に取ってはサラサラとこぼれていく様を眺めていた。
「例えば……子供がいたとして、翠は“心配だからダメ”って教えるか?」
胸もとで頭がプルプルと横に振られる。
「それと同じ。心配だからダメだとは言えない。だから、対策を練ろう」
できれば、そんな事態に臨むならもう少し環境を整えたいと思っていたわけだけど……。それはそれで、後日父さんにでも相談しよう。
「まずは姉さんのところ。その後は婦人科検診。……翠、内診でひどく痛みを感じるって聞いたけど……?」
「……頑張るもん」
その答えにポンポンと背中を叩けば、「ご飯よそってくるね」と俺から離れた。
それから二週間弱が経っていた。
「いただきます」
手を合わせ、スプーンをこっくりとした茶褐色のスープに浸す。
昨日から時間をかけて煮込まれたビーフシチューには、赤ワインが多分に使われている。そのアルコール成分はとっくに飛んでいて、よく煮詰められた牛肉が柔らかくなっていた。大きめに切られた野菜にもよく味が馴染んでいる。
「うまい」
「良かった」
目の前に座る翠が嬉しそうににこりと笑う。
新鮮なサラダには翠お手製のフレンチドレッシングがかけられている。こちらもシチュー同様にうまいと感じた。
添えられているパンも、翠が今日焼いたものだろう。全粒粉の茶色が目立つ素朴なパンは、外はカリっと香ばしく、中はふんわりしっとりとしたあたたかな状態で出てきた。
「今日、だったのか?」
視線を投げると、「うん」と頷く。
「なんだって?」
「……母体優先。でも、ダメとは言われなかった。婦人科と他科とで連携してバックアップ体制整えてくれるって」
少し緊張した面持ちで話す。
「ツカサは……本当はやっぱり反対?」
上目遣いで訊かれた。
「反対……というよりは、無理に作らなくてもいいかと思ってた。翠の体に負担がかかることは避けたいと思っていたのは事実。でも、それがイコールして反対になるかというなら別」
「本当……?」
「先々週も話した。心配だからダメとは言えないし、それはイコールじゃない」
「………………」
翠の心はまだ晴れそうにない。
「名前、考えてたんだろ?」
帰ってきたときは楽しそうにしていたのに……。
「……考えるのはタダだから」
“タダ”……ね。
なんとなく、諦めることを前提にでもしていたんじゃないかと思えてきた。本当は誰よりも不安なのは翠なのかもしれない。
“欲しい”と望む気持ちと、“不安”は別物なのだろう。
さらにはこいつのことだ。それで体調を崩したら周りに迷惑がかかるとか、そんなことも考えているんだろう。
“迷惑”じゃない……。ただ、“心配”なだけなんだが、こいつは未だにそこを間違える。
「考えるだけじゃ子供できないけど?」
「え……?」
「……然るべきときにやることやらないと子供なんてできない」
「やっ……わ、あ、うん。あの……」
翠は急に落ち着きをなくし、白い肌を見事に赤く染める。
「今さら何慌ててるんだか……」
「だ、だってっっっ。ツカサが……」
「俺が何? 先に爆弾投下したの、翠のほうだと思うけど?」
慌てて立ち上がろうとする翠は、ぎゅっとテーブルを掴み、それを踏み留めた。一拍おいてから、
「お水っ、汲んでくるっ」
と、ゆっくり立ち上がった。
少しは成長したなと思う。
カウンター越しにキッチンに目をやれば、頬の熱を冷まそうとしているのか、はたまた隠そうとしているのか、頬に手を添えながら俯きがちにグラスの水をコクコクと飲む翠がいた。
翠もいつかはこんな会話に慣れる日がくるんだろうか?
そんなことを思いつつ、俺は美味しい夕飯に舌鼓を打った。
風呂に入ったあと、先に横になっていた翠の隣に身を横たえる。
もう寝ているのかと思っていた翠がこちらを向いた。
「あのね、名前……」
「うん?」
「花が香るの“香(かおり)”がいい」
「……なんで女限定?」
「え? 男の子でも同じ漢字……ダメ?」
「カオル? カオリ? コウ?」
「男の子ならカオルかコウ。女の子ならカオリ」
「なんで?」
「だって藤宮なんだよ?」
「……?」
「藤が香るほどにたくさん植わってるところに生まれてくる子だから。だから、“香”。ほかの字でもいいな。薫香ともいうから“薫”でも、“馨”でも」
話すうちにクスクスと笑いが混じる。そんな翠の頭の下に腕をくぐらせ、華奢な体を抱き寄せた。
「ほかには?」
「“のぞむ”。藤の花をたくさん見れるのよ?」
「…………翠、少し“藤宮”から離れたら?」
「え? せっかくキレイな苗字なのに?」
「園生を尊ぶ“御園生”には負けるだろ」
「え? そんなことないよ?」
翠の旧姓は“御園生”。園生を尊ぶ姓に“翠葉”とは、どれだけ植物を敬えばいいんだ……というような名前である。
救いようのないことに、名は体を現すという言葉は本当らしく、本人は無類の植物好きだ。そして、植物も翠を好いているように思えた。
「……もし、女だったらいつか嫁に行くだろ?」
「それまでは“藤宮”、だよ?」
「………………」
翠には申し訳ないが、なんだかひどくどうでもいいことのように思えてきた。俺はただ、腕の中で嬉しそうに話す翠がいるだけで満足なんだけど……。
もし、もしもここにもうひとり家族がいたら何が変わるだろうか……と、そんなことを考えながら、まだ“藤宮”に拘って名前をつけようとする翠の話しに耳を傾けていた。
「翠、俺や姉さんの名前の由来を聞いたことは?」
「あ、以前、真白さんがとても嬉しそうに話してくださったの」
「そういう決め方もあると思うけど?」
「え?」
「今から先の楽しみをなくすことはないだろ?」
「えと……」
きょとんとした目で見つめられる。
「もしかしたら妊娠中は体調がきついかもしれない。……そんなときの楽しみにとっておいたらどう? って話し」
「あ……」
「妊娠したなら生み月や季節だってわかる。その方が発想の幅が広がるんじゃないの?」
翠は素直に頷いた。
そうだ、何もこんな時期から決めなくったっていい。妊娠してから考え始めたとしても十ヶ月はある。
なら、その期間の楽しみにとっておけばいい。
もともと感性豊かなこいつのことだ。その頃にはもっと色んなことを感じ取り、あれやこれやと想いを詰め込んだ名前をつけるだろう。
「そのときは一緒に考えてくれる?」
「は?」
「あ……一緒に考えるつもりはなかったでしょう?」
翠はどうしてかむくれる。
「ひとりのほうが思い通りに決められていいんじゃないの?」
訊くと、「違うよ」と言われた。
「マリッジリング選ぶときと同じ……」
マリッジリングとはまた古い話しを引っ張り出す……。
確かに、マリッジリングは翠の好きなものを……とだけ言って、最初はカタログにすら目を通さなかった。それを怒られ、一緒に見るようにはなったものの、やっぱり俺が選ぶという意識はなく、今度はそこを怒られた。
結果、とりあえず悩む素振りを見せ、翠が一番気に入っている気がしたものと、俺から見て翠の指に似合うものをペアリングとしてオーダーしたわけだけど……。
「私はね、ふたりで何かをしたいんだよ? マリッジリングなんて買い直したりしないものだし、子供の名前だって何回もつけられるものじゃないでしょう? だから一緒に考えたいんだよ?」
腕の中の翠が俺に言って聞かせるように話す。
“ふたりで何かをしたい”……?
「些細なことでもいいの。一緒にご飯作ったり、一緒にお買い物に行ったり。一緒にお散歩に出かけて何かを感じたり、ね。ツカサには効率悪いって言われちゃいそうだけど……。でもね、そうやってふたりで時間を過ごしたいの」
翠は一言一句を噛みしめるように口にした。まるで、とても大切なことを話すかのように……。
出逢った頃から“日常”にひどく拘っていた翠。その時間を大切に過ごしたいと願う翠の考えは、至極当然なことなのかもしれない。
もちろん、俺にとってどうでもいいものなわけでもないけれど……。ここのところ、少し忙しくてそんな“感覚”を忘れていた。
「……俺なりに理解したつもり」
「本当?」
翠の目を縁取る睫が長いと思うのはいつものこと。その睫にさらに近づく。
「ツカ、サ……?」
翠の目の縁に口付け囁く。
「“こういうコト”も“ふたりでする”ことになるんじゃないの?」
夫婦の営みとはよく言ったものだ……。
俺は、至近距離で翠の視線を捕らえ、「最近は体調がいい」と言ったその唇を味わうようにキスをした。
END


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* あとがき *
本当は【男・男・女】の順で! というお題だったのですが、翠葉さんが3人出産してるところが
どうしても想像できませんで……。
さらには妊娠して出産して……というところまでも妄想がたどり着かず……orz
このふたりがどうやったら“子供の名前”の話をするかなぁ……と一生懸命妄想したところ、こんなお話に……。
少々リクエストと違うものになってしまった感満載なのですが、お楽しみいただけたら嬉しいです。
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