【141414】 設定内容


1 誰視点 → 藤宮司

2 カップリング → 藤宮司 × 御園生翠葉

3 設定 → 新婚生活、夏の朝の出来事。

★ 本編とは一切関係のないパラレルストーリーであることをご了承の上、お読みくださいますよう
  お願い申し上げます。
  本編のイメージが崩れる恐れがありますので、読むか読まないかは読者様のご判断にお任せいたします。

  注)読んだ後のクレーム等はご遠慮ください。

2012/04/08(改稿:2012/10/16)

 ネクタイ  − Side 藤宮司 −


 六月一日晴れ。
 朝食を済ませ身支度が整うと、俺は出勤するために玄関へ向う。
 玄関でスーツの上着を渡されたとき、翠が俺を見て不思議そうな顔をした。
「ツカサ、ネクタイは?」
 あぁ、そうか。
 ここ数日、翠は俺が帰って来る時間には寝ていることが多い。梅雨に備え、薬が増えたことによる副作用、倦怠感と眠気にまだ体が順応していないからだ。
 夕飯後に飲む薬を寝る前に飲むこともできるが、そうすると朝が起きれない。薬に慣れるまでの期間のことだし、無理する必要はないと言ったが、夜か朝のどちらかは顔を合わせて話す時間が欲しいと言う翠に、それなら朝を、と希望をしたのは自分だった。
 ゆえに、今日からクールビズという話はしそびれていた。
「今日からクールビズ」
「……じゃぁ、ネクタイしないの?」
「そうだけど……何?」
 翠は首を傾げたまま、俺の喉のあたり――つまりは昨日まではネクタイが締めてあった部分を見ていた。
 見ていた、というよりは凝視に近い。
「ネクタイ、好きだったんだけどな」
「俺は涼しくなって助かったけど?」
「ツカサはネクタイ締めてても暑そうに見えないよ? 顔が涼やか」
「……顔で人の体感温度を想像するのはどうかと思う」
 翠が俺の顔を好きなのは知っていたけど、まさか顔で涼しそうに見えると思われているとは……。
 翠はまだ俺の喉もとを見ていた。
 そんなにネクタイが名残惜しいのかと思ったが、眉をひそめた時点で、違う、と感じる。
「何」
「ううん、なんでもないよ」
「なんでもないって顔じゃない」
「本当になんでもないってば……」
 絶対に何かあるのに話そうとしない。話そうとしない、というよりは話したくない……か。
 こういうとき、俺が行動を改めようとすると翠は慌てて引き止めにかかる。
 翠は人の行動を改めさせてまで我を通せる人間じゃない。俺はそれを利用する。
「わかった。通勤時にネクタイしていっても別段問題ないからしていく」
「本当になんでもないからいいよっ。涼しいんでしょうっ?」
 予想通り、翠は慌てて引止めにかかった。
「じゃ、何が不服なのか言ってほしいんだけど?」
 振り返る瞬間、翠が俺の腕を引く力を利用して壁際に寄せた。相手の力を使って技を仕掛けたりかわすのは合気道の十八番。
 術中にはまった翠をじっと見下ろしていると、眉をハの字型にさせ気まずそうに俺を見る。
「何がそんなに言いづらいわけ?」
 たかがネクタイ。たかがクールビズ、だ。
 そこに何の問題があるのかなんて、口にしてくれなかったらわかりようもない。
「翠」
 話せ、と暗に告げる。
 翠は軽く口を開け息を吸い込むと、
「ちょっとだけ……。ちょっとだけ、だよ?」
 言うと、翠の目線が落ちた。目を逸らしたのかと思ったけど、違ったらしい。
 翠の視線は話す内容に沿って移動する。
「ツカサの、顎から首のラインってすごくキレイだから……。だから、ほかの人に見られたくないなって……」
「っ…………」
 想像だにしないことを言われ、面食らう。
 俺は未だかつて、翠に嫉妬されたことがないと思う。でも、今の言葉は嫉妬そのもの――まるで独占欲みたいじゃないか。
 朝っぱらからこいつは……。
 苛立ち始めていた感情は、すっかり無に帰する。
 翠は言い終わると同時に俺から視線を外した。今度はとてもわかりやすく、視線を逸らした。
 俺から見て右側。つまり、翠にとっての左。
 翠は壁と思しき場所に視線を固定し、何か思いをめぐらせているように見える。
 人は視覚情報を遮断しようとするとき、平面や何もない空間に目をやる習性があり、未来を想像するときには右を、すでにある記憶や過去を想起するときには左を見る傾向にある。
 そんなことを考えながら翠の観察を続けていると、はっ、と息を呑み、固定されていた視線が泳ぎ始めた。
 そのタイミングで声をかける。
 なんでもいい、何か言って翠の視線をこっちに戻したかった。俺をどんな目で見るのか、確認したかった。
「それ……出勤前の旦那煽ってるとしか思えないんだけど?」
「ちっ、違っっっ」
 知ってる。煽ってるつもりがないことなんて百も承知だ。
 が、そのつもりがあるかないかは大した問題じゃない。俺はいつだって翠の言葉や仕草、表情に煽られる。
 こいつはいつになったらそれを学習するんだろうか……?
 ことあるごとに、煽っているのか、と問い質されているにも関わらず――相変わらず、そのあたりの学習能力が低いと思う。
「どこら辺がどう違うのか教えてくれないか?」
 翠は答えられない。自分の何が俺を煽ってるか、ということを理解していないから。
 戸惑いの目をもっと間近で見るために背をかがめると、その距離はキスの間合いと同じだった。
 俺は何も考えずに口付ける。唇を離すと、
「ツ、ツカサ……時間っ」
 色気も何もあったものじゃない――が、それに対する翠の表情は赤く、扇情的に染まっていた。
「俺がいつも一時間半前に家を出てるのは知ってるはずだけど?」
 翠は俺の言葉に、視線にたじろぐ。
「あと一時間は余裕あるな……」
 腕時計で時間を確認すると、翠を横抱きに抱え上げた。
 幸い、廊下のドアも寝室のドアも開け放たれたままだ。抱え上げた荷物以外に妨害されることなく寝室までたどり着くことができた。
 荷物――つまり翠は、腕の中で延々と無駄な言葉を吐いていたわけだけど……。
 重いから下ろして?  翠が重いわけがない。むしろ、もっと食べてあと四、五キロ太ってくれてもいいくらいだ。
 翠をベッドに下ろすと、今度は違う言葉を投げてくる。
「ツ、ツカサっ!?」
「何?」
「あ、朝っ」
「……確かに朝だけど?」
「仕事行く前っ」
「それも間違ってない」
「遅刻っっっ」
「それはあり得ない」
 どうやら、“煽る”と“ベッド”が一緒になると、俺にどうされるのかくらいは学んだらしい。行為に及ぶ前に俺を出勤させようと必死なのだろう。
 ダメだ、限界……。
 悪趣味だと言われてもかまわない。翠を攻め立てたり苛めるのはとても楽しい。なんと言っても、俺の言動や行動で慌てふためく姿が愛おしくてたまらない。
 ベッドの脇で腹を抱えて笑っていると、
「ツ、カサ?」
 ベッドの上からきょとんとした顔が俺を覗き込む。
「翠、必死すぎ。あまりにも翠が本気で拒絶するのが楽しすぎた」
 本音を言うと、
「っ…………ひどいっっっ」
 翠が繰り出した華奢な腕の先には、少し骨ばっていて刺さったら痛そうな拳。刺さったら痛そうではあるものの、拳は刺さるほどの威力を持ち合わせていない。
 俺はそれを自分の手の平で受け止めた。
 悔しそうに顔を歪める翠に、一言二言見舞う。
「でも、翠が煽ったことには変わりない。夜、覚悟してろよ?」
 目を見開く翠にもう一言。
「朝はダメでも夜ならいいんだろ?」
 最後の最後まで翠を追い詰めて満足した俺は、リビングへと続くドアに足を向ける。振り返り様、うろたえる目を捉えて止めの一言。
「体力温存、今日はゆっくり過ごしてれば? 何ならそのまま寝ててもいいし。あぁ……昼食は抜かずに食べるように」
 寝室から出ると、
「つ、ツカサのカバーっっっ」
 ずいぶんと威勢のいい声が聞こえ、心なしかほっとする。直後、背後でポスンポスン、と聞こえたのはクッションの落下音だろう。
 俺は玄関に置いたままになっていたかばんを手に取り家を出た。

 玄関ポーチを出てすぐ、胸ポケットから携帯を取り出す。翠にメールを送るために。
 以前から思っていたこと。
 翠は悪口雑言の語彙が少ない。俺のことをバカとは言わないが、その代わりにカバと言う。
 言われて嬉しい言葉でもないが、衝撃を受けることもない。果たして、これを悪口雑言のうちに入れていいのかすら悩むレベルだ。
 しかし、カバの生態を考えると、バカの代わりであろうとどうにもこうにも嬉しくないのが事実。
 カバの代わりになりそうなものをいくつか考えてみたが、同じレベルで考えるとサイくらいしか思い浮かばない。


件名:できれば
本文:次からはカバじゃなくて、サイにしてくれないか?



 送ってから思う。
「……カバのほうが断然言いやすいな」
 さらには周りで聞いてる人間がいたとして、カバはすぐにわかりそうなものだが、サイが動物だと気づく人間は少ないだろう。
 しかも、相手を罵る言葉のはずなのに、カバに拍車をかけて決まりが悪い。
 一分と間をおかずに返信がきた。


件名:Re:できれば
本文:なんでサイなの?



 どうやら、サイが動物を指していることは伝わったらしい。
 俺はそれらしい言葉を並べて返信した。


件名:Re:Re:できれば
本文:河馬よりも犀って漢字。
   角がないよりあるほうが見栄えがいいし、群れるのは好きじゃない。
   カバは群れをなして生活するけど、サイは群れるにしても家族がせいぜい。
   それと、俺はカバほど獰猛じゃない。



 かなり適当な言い訳。
 カバと言われて、咄嗟に“河馬”という漢字が出てくる人間が何人いるだろう? サイと言われて動物のサイを想像し、さらに漢字に変換できる人間が何人いることか。
 群れをなすなさないのあたりからは真面目な返答のつもり。相変わらず、俺は人と群れるのは好きじゃない。それと、具合の悪い翠に無理をさせるほどがっついてもいない。
 朝食後、翠はすぐに薬を飲まない。必要最低限の家事を済ませてから薬を飲む。それはバイタルを見ていればわかること。
 明日は俺が休みなんだから、今日くらいは何もせずに休んでればいいものを……。
 きっとストレートに言ったところで、あの意地っ張りが聞くとは思えない。だからと言って、こんな遠まわしな言い方をしたところで伝わるわけもない。
 俺が何を思って言ったかなんて知らなくていい。たどる“結果”が同じになるのなら……。
 あれだけけしかけられて、翠が何もせずにいるわけがない。きっと今頃、家中のリネンでも洗おうと躍起になっていることだろう。
 空は雲ひとつなく、スカイブルーの名に相応しい色が際限なく続く。こんな日に洗濯物をしない手はない、そう思うに違いない。
 動きたければ動けばいい。反動は必ずやってくる。そしたら、俺が帰ってくるまで起きてられるわけがないんだ。
 翠、やりたいことはやってもいい。でも、体が休息を欲してるのなら、それに従って休め。
 それでいいから。
 俺が帰るあの家に、翠がいてくれさえすればそれでいいから――。


END

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→ Side 御園生翠葉


* あとがき *

 全く同じお話、同じ時間軸での両者視点。
 書いていてとても楽しかったです。
 司視点を書くまでは翠葉さんの健康状態がどんなものであるかという設定はなかったのですが、書いてみると不思議としっくりくるものですね。
 相変わらず、翠葉さんの思考パターンは全て読めないものの、行動パターンのほうは意外と的を射てる感じの司氏です。
 両者視点、共に楽しんでいただけたら幸いです*


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