その幽霊実体あり 02  − Side 若槻唯(御園生唯芹) −


「司っち、何言って……」
「あぁ、自分だけは知ってますから」
 な に を っ !?
「……つまり、彼女が実体ある幽霊で、神様から誕生日プレゼントになんとかって胡散臭いドリンクをもらったこと」
「マジでっ!?」
「この家の人間は今、催眠術にかかってる状態らしいですよ」
「……司っちは?」
「さぁ? どうやらそのちんけな催眠術にはかからなかったみたいですね?」
「で?」
「鬼の形相で芹香さんに脅迫されたので、とりあえず周りに合わせてます」
 そうか……。実は零樹さんじゃなくて司っちが救世主だったのか……。
「あと……芹香さんに頼み込まれたので、翠の特権使ってウィステリアホテルのスイートルームとっておきましたから」
「はっ!?」
「持ち出し不可なんですけどね。これカードキーです」
 差し出されたそれは馴染みあるカードキーだった。
「お姫様気分味わいたいらしいですよ?」
 俺は空いた口が塞がらない。
「何……つまりは襲ってOKってこと?」
「俺に訊かないでください」
 しれっと答えて去ろうとする。
 逃してなるものかっ!
「今さ、俺の状況わかってくれんの司っちだけなんだよね」
 彼の首に腕を絡めると、気色悪そうな顔をされた。でも、唯さんめげません。
「司っちが俺の状況だったらどうする?」
「それはどういう意味ですか?」
「……リィが司っちの妹で、司っちはリィのことが好き。ま、そんな設定」
 彼は数拍おいて、こう答えた。
「でも、今はそっちが裏設定なんじゃ?」
 と。
「司っち……しっかり結論まで言おうか?」
「……今は幻であれ、伴侶ってポジションなんだから何をしてもかまわないと思いますが?」
「それはつまり、ヤっちゃってもいいってことかな?」
「……そうなりますね。問題はないでしょう」
 顔色も表情も変えずにさらりとそう言った。
「ね、リィと司っちってやることやってんの?」
「答える義理はありません」
 言うと、今度こそその場を立ち去った。

 昼過ぎから始まった誕生日パーティーは夕方にお開きになる。
 あんちゃん夫妻とリィと司っちはマンションに帰る予定で、俺とセリは……。
「今日はホテルに泊まるんだろ? 美味しいもの食べて楽しんでおいで」
「芹香ちゃん。静にエステの予約頼んでおいたからリフレッシュしてらっしゃい!」
「ありがとうございます!」
 そんな会話が目の前で繰り広げられている。
「唯兄。大丈夫だと思うけど安全運転でね?」
 リィに言われ苦笑い。セリは始終楽しそうに笑っていた。
 司っちの車に乗り込むリィを見ていると、その隣の司っちがニヤリと笑い、唇を「Good Luck」と動かす。
 くっそっっっ。
「唯、行こう?」
 さも奥さんらしく可憐な笑顔で俺の腕に絡みつくセリ。その場は適当に繕い、湊さんに譲られた水色ラパンに乗り込む。
 車内にふたりきりになり、
「後悔しても知らないからなっ!?」
 言うと、
「どうして後悔?」
 と訊かれた。
「おっまえなーーーっ!? 俺がどれだけ禁欲生活してんのかわかってて言ってる!?」
「んー……でも、この間街中でひっかけたキレイな人とゆきずりエッチしてたよね?」
「そんなものまで見てんのか……」
「んー? 気になってるものはなんでも見えるし聞こえるんだよ」
 幽霊、便利。超人スパイも顔負けの情報量……。
「因みにっ、私は初めてなんだからねっ? 壊れ物扱うように抱いてよ?」
 どんだけ……。
「セリ……いくらふたりしかいないとは言え、あけっぴろげすぎだろ……」
「別にいいじゃない」
 赤信号で止まった俺はハンドルに突っ伏す。
 道中、なんだかわけのわからない会話ばかりしてたと思う。天国での過ごし方とか、天国の歩き方とか……。
 そんな話をしていれば、やっぱりこれは幽霊で、しかも半幻で、明日には消えてなくなる夢なのか……と考える。
「唯ちゃん。夢じゃないよ。少なくても今は現実」
 セリのその言葉を真に受けることにした。
「じゃ、今から幽霊と天国と神様禁止」
「いいよ。どっちかが言ったらペナルティねっ!」
 そのあとからは、どこにでもいる恋人のように過ごした。
 ホテル内の貸し衣装店、マリアージュに行けば園田さんがセリに合うドレスを用意してくれる。俺に用意されたタキシードを着てふたりで夜景の見えるレストランでディナー。その後はクルーズで乾杯。
 夜が更けてきた頃、用意されたスイートルームに戻った。

「わーーー! 本当にお姫様になった気分っ! お料理すっごく美味しかったしっ」
「ウェディングドレスは?」
「え?」
「着たいなら用意できるけど?」
「本当っ!?」
「チャペルは?」
「えっ!?」
 この際だから全部やっちまえと思った。
「もう一度だけ確認しとくけど、本当に体……大丈夫なんだろうな?」
「……大丈夫だよ。今日、見ててわかったでしょ? 塩分制限も水分制限もされてる私じゃないの。こんなふうに唯と一緒に歩いてお酒だって飲めちゃうんだから」
「じゃ、ちょっと待って」
 内線でスタッフを呼び出すと、タイミングよく澤村さんが出た。
「唯です。あの……夜分に大変申し訳ないのですが」
『司様から聞いてる。もしかしたらドレスとチャペルを夜に使うかもって……。その件か?』
 司っち、手回し良すぎ……。
「はい……その件です」
『園田がスタンバイしてるから、マリアージュに行け。チャペルにはスタッフを参列させておく』
「……お手数かけてすみません」
『何言ってるんだ。大体にしてな、こんな形で式挙げて、あとでオーナーや御園生家、秋斗様に何を言われても知らないからなっ!?』
 は……? 今度は何設定デスカ? 俺たち夫婦設定デスヨネ?
『忙しかったのは認めるが、それで式をしないのとは違うだろう』
 あ……なんとなく話が見えた。俺が忙しくて式を挙げてない設定なのね……。
 ジロリとセリを見ると、すべて聞こえているらしくクスクスと音と立てて笑っていた。
『今からなら十二時に間に合うんじゃないか?』
 その言葉に急かされ、俺とセリはマリアージュまで手をつないで走った。こんなことすらが初めての出来事だった――。

 真っ白なドレスに身を包んだセリはとてもキレイだった。
 最近の神様ってのは本当に至れり尽くせりで、プロポーションはいいは、肌の状態良好だは、文句の付け所がない。
 そんなセリとふたりバージンロードを歩き、ホテルのスタッフに祝福される。
 式自体は三十分とかからず、ドレスを着たままスイートルームに戻った。
「ウエディングドレス脱がすのってすっごいエロイ気分。ガータベルトまで白だし」
「唯ちゃんのエッチ」
「んなの――」
 さすがにここで、「天国で見てたんだから知ってるだろ?」とは言えない。
「何?」
「なんでも? 知らないの? 男はみんなエロいんだよ。そういう生き物なんです。ご愁傷様」
 そう言ってセリの首筋に吸い付く。
「こういうのって先にシャワーとか浴びたりしないの?」
 素で訊かれて、「をぃ」と思う。
「このままでいい。このまま抱かせて」
 もう完全にスイッチが入ってしまった俺は、今さらお預けを食らうなんて耐えられそうにはなかった。
 セリが耳元で囁く。
「――忘れられないくらいに抱いて」
 と。
 少し震えたその声が、いつまでも耳にこびりついて離れなかった。
 滑らかな肌が露になり、その白い肌にいくつもの紅い花を散らした。
 その晩は、何時に寝たのかすら覚えていない――。

 翌日の昼前頃に目が覚めると、
「あ、起きてくれて良かった」
 セリが微笑む。
 首筋から胸もとまで数え切れないほどのキスマークがなにやらエロい。つけたのは俺だけど、視覚情報的に妙にそそられる。
「唯ちゃん……抱いてくれてありがとう。愛してくれてありがとう。すっごく幸せだった」
「っ……セリ!?」
 本当にいなくなるのかっ!?
「私はいなくなるよ。なんせ幽霊だからね? 神様のドリンク効果もあと少し」
 そう言って、ふふっ、と笑った。
「あのね……私はいなくなる。でも、私はまた生まれるの」
「え?」
「唯ちゃん。十月十日後に会おうね!」
「セリっっっ!?」
 セリはその言葉を最後に消えた。それはキレイに……。
 セリの身に着けていたドレスも、何もかもがなくなっていた。外したはずのティアラも、豪華すぎるネックレスも、何もかもが――。

 呆然としているところにやってきたのは司っちだった。
「そろそろ時間だと聞かされていたので……」
 相変わらず飄々としている。けど、今はそれに相手する気力もない。
「芹香さんの言葉、ちゃんと聞きましたか?」
 聞いていた。でも意味がわからない。
 司っちは備え付けのコーヒーを二人分用意すると、一つを俺に差出し、もう一つのカップは自分の口へと運ぶ。
 壁に寄りかかるその姿がやけに様になるとか、どうでもいいことを考えていた。
「今日、簾条の妊娠が発覚するそうですよ」
 っ……!?
「芹香さんはそこに新たなる生を受けると言ってました。だから、昨日現れた。幽霊として実在してられないのは、もう幽霊じゃなくなるから……ってことらしいですが。どうやら誰かさんがなかなか墓は作らないはで転生手続きに時間がかかってたとか?」
「……それ、マジで?」
「こんなメルヘンな嘘を俺がつくとでも?」
「いや。まず思わないけど……内容が内容すぎて――」
「まぁ、そういうことらしいです」
 そう言うと弾みをつけて壁から離れる。
「彼女、言ってましたよ。現実を受け入れられない男は格好悪いって」
 ニヤリと笑うと彼は部屋を出て行った。
 くっそ……セリのやつ――。
 呆然としたり驚いたり腹が立ったりわけがわからない。今度は何やら笑いたい気分だった。
「くっ……あはは。なんだそういうことだったのか」
 俺がいつまでもうじうじしてたから転生手続きに時間がかかったとかおかしすぎるだろ、それっ。天国ってどんだけたくさん手続き必要なんだよ。
「でも……」
 転生できるってことは、成仏できたってことなんだよな……。
 そう思うと、俺の心は晴れやかなものとなる。
 たとえ一夜限りだったとしても、確かに俺はセリと愛し合うことができたんだ。それはとてつもない幸福感をもたらした。相手が幽霊だろうとなんだろうと、昨夜の時間が無になることはない――。
「あんちゃんと桃華嬢の子供、か。一体どんな人間に育つか楽しみだ」
 “セリ”という人間を知っているだけに、その成長が楽しみでならない。
 強気で向こう見ずで……元気がいい子なら間違いなくお転婆決定だな。
 そんなことを考えながら、俺はこの先一生泊まりそうにないスイートルームをチェックアウトした。


END

2011/10/18(改稿:2012/10/16)

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